臥したままでー日記


 ○月○日――。


 アリアの家にて。

 やっと起き上がれるようになったので、とりあえず日記を書く。


 よく夢を見る。

 マリの夢だ。

 あの窓辺に手をかけていた時の顔が記憶に鮮明なのか。

 夜、眠っていると、あの子が窓から覗いているのだ。泣き出しそうな顔をして。

 目覚めて見ようと思うものの、首がなかなか回らない。やっと廻して窓辺を見ると、もういない。

 ここ数日でだいぶよくなったが、やはり窓を見ないことにしている。私と目が合えば、きっとあの子は逃げていってしまう。

 それに……。

 現実だと思っていたい。夢だと確信してしまったら寂しい。


 数日というアリアの言葉は、少し楽観的だったが、それでも顔の痛みはだいぶよくなった。口もきけるようになった。

 だが、まだ湿布が取れない。痛みというよりは、直視できないからだ。

 鏡を見ると、青あざになっていて、治りかけが赤紫で、なんとも気持ちが悪い。これで、まだマシになったなんて、シアが怖がったのがよくわかる。

 アリアの話では、あと二、三日もすれば、きれいに治るとのことだが、本当だろうか? 不安だ。

 顔が惨いことになっていると、何とも情けない気持ちになる。この村に来てから、古風なムテらしい顔をしていると言われ続け、賞賛の目で見られた。

 ここに来て自信が持てていたのは顔だけだったらしい。知識のほうは……だんだん自信がなくなった。

 顔も頭も悪くなったら、私には何もいいところがない。


 リリィから詫び状が届いたが、本人は現れない。カシュのことが心配で、寝込んでしまったらしいのだ。

 マリのことが心配だ。

 安心するように伝えたいのだが、この顔なので外に出られない。手紙を書いてシアに届けてもらったが、ちゃんと伝わっただろうか? リリィが読めないほど悪かったら……。

 マリや他のリューマ族の人たちは、文字が読めないだろうし。困ったことだ。


 ラン・ロサ様から言の葉の矢が届いた。

 寿命を大量に消費するこの業は、日常には使われない。霊山と神官の特別な行事・連絡事のみにやり取りされるものである。一瞬、疑問に思ったが、すぐに気がついた。

 これは、試験である。ラン・ロサ様は、私の能力をお試しになっているのだ。

 私は受け取り、再び送り返した。

 どうしてだろう? 学び舎ではあんなにうまくいかなかったというのに、ここでは完璧なやり取りができる。

 ラン・ロサ様は、学び舎に戻り、神官となるべく勉学に励むように……との言葉を送ってきてくださった。ありがたい事に推薦状も書いてくれるとのこと。


 ムテの神官は貴重な存在だ。

 誰もがその存在を必要としているのに、誰もがなれるわけではない。

 私は、神官となるべくこの世に生まれてきた。神官の子供なのだ。

 神官になるのは、私の使命でもある。

 それに、椎の村の生活には疲れた。

 たった数週間過ごしただけで、神官になることをさっさと諦めてしまったことを、充分後悔した。

 教師という職業は大変だ。日々の生活もままならない。

 学び舎で学んだ者だけが、世界を知っていると思っていた。だが、逆だ。

 私は、何も知らなかった。すべてを甘く見ていたのだ。


 でも……。


 どうしてだろう? 学び舎に帰ることができる今になって、私は迷っている。

 何かが引っかかる。

 このまま、学び舎に戻り、神官となっても、何かが足りないような。

 それが何なのか、私にはわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る