椎の村の人々(3)

 一人広場に取り残されて、ハールは不安になった。

 この村の日常かもしれないが、お昼時とあり、ひなたぼっこしている人がいたり、行き交う人がいたりで、何とも緊張する。ハールは、どうも人なれしていない。

 おまけに、また胃がきりきり痛みだした。胃の辺りに手を当てながら、顔をしかめて歩き出し……足が止まった。

 その家には、申し訳程度の小さな看板があった。【癒しの巫女/薬草あります】

 最高神官の巫女姫となったものは、霊山から戻った後【癒しの巫女】という看板を出すことができる。霊山秘伝の癒しの業や、薬草学を極めた証拠であり、豊かな生活が送れるのだ。

「……入るのは勇気がいるけれど、この痛みには……うう」

 ハールは眉をしかめながら、その店に入って行った。


 しゃりらーん! と、かわいい鈴の音がした。と、同時に女性の声が響いた。

「いらっしゃいませ! あら?」

 出てきた女性は、切れ長の目に薄い唇というムテらしい美しい顔立ちだった。やや低くて落ち着いた声と物腰で、大人っぽく感じる。彼女は、ハールの顔を見て、不思議そうな顔をした。

「あなた……見かけない顔ね? もしかして、新しくきた先生?」

 新しい教師が来るという話は、意外と広まっているらしい。この小さな村だから仕方がないが、できれば目立ちたくはなかった。でも、胃が痛い。

「……あの、胃が痛くて」

 ふと、薬の棚を見ると、胃腸薬としては最高級とされる青渋草の丸薬があった。それをとると、女性は慌てた。

「ああ、だめだめ! その薬は、あなたには効かないから!」

「はい?」

 効かないはずはない。ハールは、薬の知識も充分に持っている。ところが、女性は苦笑いしてみせた。片えくぼが現れて、大人っぽい雰囲気の中にも、少しお茶目な感じが加わった。

「青渋丸は、確かに力のあるムテ人が精製すると、とても効くんですけれどね、それ、私が作ったから」

「はぁ?」

 どうみても、彼女は【癒しの巫女】だろう。しかも、巫女姫に選ばれるだけの力も感じる。ところが、彼女は両手を広げておどけてみせた。

「私、祈りの力や暗示には自信があるんだけれど……。癒しの力はあまりなくて。それに、薬草の知識も、勉強不足で今ひとつなのよ。あなたには、青渋草を煎じて飲んだほうが効く」

 椎の村の癒しの巫女は、ぺらぺらと正直に話す。

「で、でも……。では、効かないものを売っているとでも?」

「ええ、それでもね、癒しの巫女たる私が作ったとなると、なぜか暗示が働いて、効くらしいのよ。でもね、あなたには私の暗示がかかりそうにないから、無理」

 ハールは顔を曇らせた。

 自分が学び舎からきたことは、伏せてある。なのに、なぜかばれてしまう。

 どうも、力のある者には、忍んでも能力がわかってしまうらしい。彼女は、一目でハールの力を見てとって、嘘をついても仕方がないと、腹をくくったのだ。

「何でもいいです。とにかく、今の痛みを……」

「無理だと思うけれど、とりあえず気休めに飲んでみる?」

 癒しの巫女は、水を持ってきてくれた。ついでに桶まで持っている。なぜに桶? と思ったが、飲んだとたんに理由は知れた。

「げ、げほ!」

「ああ、やっぱり……?」

 苦くて渋くて、丸薬になっているというのに、飲み込めない。やっと飲んだと思ったら、すぐに胸から上がってきた。

 飲み込んだ分だけ、桶の中に吐き出すこととなってしまった。

「や、やっぱりって……どうしてこんな酷い薬に? あ、あなた、癒しの巫女なんですよね?」

「そうなんだけど? 私もわからないわ。教えてもらった通りに作っているつもりなんだけれど、全然成功しないのよ」

 見かけは大人っぽくて、しっとりしたムテの女性……だが。

 巫女姫は、子供を産む前後、一、二年の間、霊山にて様々な知識を習得する。確かに、公認薬師が学び舎で十年かけて習得することを、巫女姫の能力を持ってしても短期間で身につけることは難しいのかも知れない。【癒しの巫女】とは、一種の名誉職なのだ。

 ハールは、涙目になりながらも、薬草のほうをもらうことにした。

 薬草を紙に包み、女性はハールに手渡す時に、反対の手も差し出した。どうやら握手を求めたらしい。

 マリに叩かれたことを思いだし、おずおずと女性の手を取った。

「私は、アリア。どうぞよろしく。えーと?」

「は、ハールです」

「よろしく、ハール。困ったことがあったら、いつでも相談してね」

 お茶目ではあるが、大人である。

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