椎の村の人々
新しい住まいにてー日記
○月○日――
新しい住まいにて。
いろいろあって疲れたが、明日以降も椎の神官への挨拶や生活用品の買い出し等で忙しい。
だから、書けることは書いておく。
学校長ラインヴェールは、まさに凡庸な男だった。
神官の子供ということだが、その血を感じない。【神落し】に失敗したのだろう。おそらく、学び舎に入ってすぐに戻されたはずだ。
彼は、私に警戒心を持っていた。
学び舎出身ということで、自分の能力が暴露されるのでは? と、気にしているようだった。また、神官に等しい力で、血を見抜かれるのを恐れていた。
彼から感じ取れるのは、神官の子供として認められなかった劣等感。それを覆い隠す心のヴェールだ。
だから、私も凡庸に振る舞った。
「私が学び舎にいたのはほんのわずかな期間だけです。能力不足でして」
彼は、私の暗示の力もあって同胞だと思い、気を許してくれた。
それに……。
学び舎出身の教師だなんて肩書きはごめんだ。
一目置かれてちやほやされるなんて、もうまっぴらだ。
この職を選んだ意味がなくなる。
ラインヴェールとは話が弾んだ。
仕事の打ち合わせも順調に済んだ。彼が上級を見て、私が子供たちに文字を教える……というのは、笑えるが。仮にも、私は学び舎で学問を積んでいるというのに。彼よりはずっと知識がある。
だが、それなりに立てておけば、彼は問題ない。
心話が成り立ち、しかも、精神防御が弱く、読みやすい。彼のようなムテ人は、私には扱いやすい。
扱いにくいのは、おそらくマリのような子だ。
ラインヴェールの口からあの一家の話が出た時には、思わず反論しそうになった。
だが、どうにか精神を強く持ち、心を読まれないようにすることができた。
――マリが送ってくれなかったはずだ。
生活のため、リューマ族に身を売った母親。リリィのことだ。
金のためなら、なりふり構わず子供を働かせる父親。カシュのことだ。
ひどい親に育てられたおかげで、リューマ族のようになってしまい、学校に来なくなった気の毒な娘。マリのことだ。
そのような家族ではないことは、一目瞭然だ。
神官の子供である私には、家族がない。
今日のお昼のひとときは、実に心地がいいものだった。
今になって、私は、カシュのようなリューマ族といて、安らげた理由がよくわかった。
ムテ人は、心を読み合う。かすかな気を放ち合って、精神的な安定を保とうとする。だが、お互いが相容れない者同士だったなら、常に心を読まれないよう強く防御しなければならない。
その状態が、四の村での夕食時だった。
カシュが信頼に足りる人物だと悟ってから、私は心の防御を外したのだ。
心を読まれないけれど、彼はなぜか私の考えていることを、時々わかっているようだった。心を読まなかったけれど、別に必要がなかった。
それだけだ。
彼の容姿に関しても、はじめは恐ろしかったが、すぐに見慣れて、愛嬌があるとすら思った。学び舎を出てからムテ人の多様性に驚いたのと、似たり寄ったりだ。
それだけだ。
だた、気になるのは……マリ。
あの子の登校拒否。
私が学校の先生だと知ったとたん、あの子は心を閉ざした。
こちらが胸苦しくなるほどに。
それが、とても気になる。
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