リューマ族の一家(3)

 お昼にはすっかり遅い時間だった。

 馬車は、村はずれ……というよりは、もう村ではないと思われる場所で止まった。

 樹々が風に揺れた。並木は防風林として植えたものだろう。その向こう、草原が広がる。他の場所がまだ冬枯れているというのに、そこだけは新緑が芽吹きはじめていた。

「……これが、馬に食べさせるための牧草なのかな?」

 ハールは、何気なくつぶやいた。

 畜産学の本によれば、牧草は人工的に育てる馬の餌である。一見、自然にはえているように見えるが、実は手がかかっている。

「へえー、お客さん。なかなか知識あるな。たいがいのムテ人たちは、馬っちゅうのは勝手に育つと思ってやがるのによー。気に入ったぜ」

 どうやらリューマ族の御者に聞かれてしまったらしい。いきなりがはは……と笑われて、ハールは目を白黒させた。

「でもさ、金貨と銀貨と銅貨の関係を知らないんなんてさぁ、やっぱへんだよ。あんた」

 ムテの少女・マリのほうは、あんた呼ばわりである。


 かわいい顔して……ひどい言われよう。


 ハールは、小さくため息をついた。

 もしも椎の学校の先生になったとしたら……。

 こんな生徒ばかりだったら……。

 平凡で安楽な日々はないかも知れない。

 学び舎にいた者は、誰も言葉の暴力など使わなかった。


 と、思った時、腕が軽くなった。

 見ると、マリがハールの手から鞄を奪い取って運んでいた。

「あ、あの、それは!」

「ああ、いいのいいの、あたし、力持ちだから」

 とはいえ、鞄はマリの背の高さ半分に近い大きさだ。ハールの引っ越し荷物全部なのだから。体を斜めにして、えんや、えんやと運んでいる。

「いいえ、私が自分で!」

 鞄の持ち手に手をかけようとして、マリの手に触れてしまった。

 ドキッとした。

 なぜ、ドキ、なんだ? と自問自答し、先ほど、景気よく叩かれたのを思いだした。ハールは慌てて手を引いた。

 だが、マリのほうは、怒りだすどころか笑顔だった。

「あたしに任せてよ。だって、あんた、疲れているんだろ? 脚元ふらふらしているし……」

 確かに病み上がりだった。しかも、腹ぺこも手伝って、体に力が入らなかった。


 そういえば……。

 馬車の中で、毛布をかけてくれた。

 言葉は悪いが、いい子だ。

 ……なのに、お礼も言っていなかったな。


 マリは、まったく気にしていない様子で、荷物を運んでいった。

 途中であきれた父親が、鞄をひょいと奪ってしまった。マリはちょっとご機嫌斜めになって叫んだ。

「ちょっとおおお! あたし、運べるってばさー! 力もちだもん! 大人だもん!」

 がははは……と品の悪い男の声が響いた。


 本当の親子……って、あんな感じかも。


 二人は間違いなく血がつながっていない。

 血を読むことに長けているハールには、それがよくわかる。

 なのに――。

 親子という言葉でハールの脳裏に浮かぶのは、五歳の自分と、自分にかしずく母。それと、まるで壊れ物を扱うかのように、遠巻きにしている義理の父の姿だった。

 実の父は、ほとんどあったことがない。学び舎に入るために村を出る時、祝福してくれただけだ。 


 ぼうっとしてしまった。

 置き去りになり、ハールは慌てて二人のあとを追った。

 食堂に入ろうとして、看板に目が行ってしまった。

【カシュの食堂/昼休み中/夕食は日が沈んでからの開店】

 時間外?

「あ、気にすんな! 俺たちも一緒で悪いがな。がははは……」

 何も聞かないうちに、雷のような声が響いた。

 リューマ族は、心話が苦手なはず。なぜわかったのだろう? ハールは、不思議に思った。

 と、同時に不安が襲ってきた。

 学び舎を出て、最初の夕食を思いだしたのだ。

 リューマ族を相手にしない店だったので、店内はすべてムテ人だった。なのに、居心地が悪くて、仕方がなかった。

 それが……リューマ族と一緒に食事? 嫌な顔をしてしまわないだろうか? それが心配だった。


 だが、その心配は不要だった。

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