第十六話: 本気で戦うからこそ、悔しいのだ

※こっからしばらく、表と裏が無くなり、視点がコロコロになります



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【これが……】ホワイトリベンジ、すやすやタイム【優駿の姿か?】




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 夏ごろの公開映像やけど、なんや、この寝顔は……

 http://imgpic.uma._____.jp

 http://dougaAV.uma._____.jp



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 >>1

 草



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 温泉に浸かった時のワイの顔やでこれは



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 扇風機当たっている間はずーっとゴロゴロしとるけど、扇風機の向きが変わると直後に目が覚めて睨んで来るの、ネコか何か?



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 姿がアレ、子供を遊園地に連れて行ったお父さんのアレや



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 四六時中、ずっとクレイジーにちょっかい掛けられていたらしいからなあ……



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 タチバナ・ファームの日記見ていると、如何にホワイトリベンジが辛抱強くクレイジーボンバーに寄り添っているのかがよく分かる



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 クレイジーがタチバナ・ファームに放牧に出されたって伊藤牧場の方で報告が上がった時、何を血迷ったのかって思ったけど……



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 >>8

 意外にも、大英断だったという



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 様子を見に来た将騎手も絶賛してたからな



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 >>10

 その雑誌買ったけど、一面ホワの寝顔とか開いた瞬間吹いたぞ

 あれが……春の天皇賞馬の姿か……?



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 >>11

 『カメラマンさんの撮影に協力してくれる、仕事人なホワ❤』



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 >>12

 タチバナの娘っ子の怪文書は止めろwwww



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 動画取る娘へチラッチラッと目線を向けるのも大概面白いけど、カメラマンから指示が飛ぶたびに、そのカメラマンに向かってキリッとキメ顔するの、マジで芸人ホースやろこいつ



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 これが3000mのGⅡ復帰レースを勝利し、続いて3200mのGⅠレースを勝利した馬の姿……か?



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 『クレイジーの面倒を見て疲れているホワ、この時ばかりは呼んでも起きなくて、ずーっとぐうぐう寝息を立てています』



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 >>16

 タチバナの娘さん、素人特有の写真ばかりHPに上げてくれるから助かる



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 完全に遊園地帰りのお父さんの寝姿やんけ



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 そりゃあ4歳のお馬さんに四六時中引っ張り回されたら疲労困憊にもなるやろ

 その向こうで不満タラタラな顔で見ているクレイジーが草草のくささなんだけど



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 まさかの2頭とも宝塚記念を回避やからな……

 ホワは回避する可能性高いって思っていたけど、まさかクレイジーまで回避するとは思わなかったぞ



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 クレイジーはホワに夢中過ぎるあまり、ホワが出ていないレースだとやる気無くして走らない可能性が高いって話だから、ホワに合わせたんじゃないの?



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 ウッソだろお前wwww

 って笑い飛ばしたくなるけど、ホワに対するクレイジーの執着っぷりを思えば、あながちウソとは言い切れないのが……



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 凡走に終わってくれるならまだしも、異常も無いのに途中で止まるような事態になると、クレイジーであっても何らかのペナルティが下る可能性があるからな

 出れば勝てる可能性があったとしても、そんな理由で汚点を残されたらクレイジーの今後に響くのを考慮したんだろ



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 途中で止まるとペナルティなんてあるの?



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 >>24

 出走中に騎手が手を抜いていたとか、それで黒星になったとかでもペナルティが下ったってニュースを見た覚えがあるから、無いとは言い切れん

 途中で止まるってことは、騎手が馬を制御出来ていないと取られるし、その馬もちゃんと調教されていないって取られるらしいから



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 競馬って結局はギャンブルだからな

 理由も無く止まるって、下手すると八百長やっているって疑われるから、かなり罰則が厳しかったような気がする



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 基本的には止まらないように、ちゃんと最後まで走り抜けるように調教を施してクリアしたのを前提でのレースだからな

 その前提がクリア出来ていない時点で、調教師や騎手に対しておまえ何やってんだボケェ!みたいな感じになるのは納得出来る

 騎手とその馬が死ぬだけならまだしも、密集時にそんなことが起こったら……



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 昨今はJRAがとにかく競馬をクリーンなイメージに塗り替えたいって熱意がめちゃんこ強いから、けっこう厳しい処分が下されそうだな



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 凡走で終わってくれるならまだしも、途中で足を止めるなんて普通は競走中止の失格処分だからな

 GⅠ馬ですら、そんな汚点残したら、その後の産駒ほぼ0になりかねんから仕方がない



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 気性難で出遅れるとか、ゲート入り嫌がるぐらいなら色々な対策が考えられているけど、競争中に足を止めるってのは致命的過ぎるだろ



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 ところで、お前ら先日のタチバナ・ファームの取材のやつ見た? ドラマの俳優が訪れたやつ

 撮影で馬に慣れている俳優も、ホワにちょっと腰が引けていて草生えた



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 >>31

 アレはしゃーない

 乗馬用の馬と、現役競走馬(しかも、GⅠ馬)は、身体つきが全く違うからな

 言うてはなんだけど、アマチュアとアスリートの体形みたいなもんだ



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 ていうか、彩音騎手より直接指導されるって、あの俳優いい思いしたじゃん

 現役の騎手から指導なんて、早々させてもらえないぞ



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 個人的に、俳優よりも彩音騎手の傍にいた謎の男の方が気になるんだけど……

 アイツだれ? 元々芸能人関係には詳しくないし、途中から番組見たから全然分からんぞ



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 >>34

 あの男は彩音騎手の旦那さん

 撮影に参加したわけじゃなくて、元々は奥さんと一緒に来ていた一般人



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 >>35

 旦那だとしても、部外者の人がなんであんな場にいたの?



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 >>36

 馬主とタチバナ・ファームが許可を出したから。

 妻の相棒の姿を生で見ておきたかったって聞いて、馬主さんが特別に許可を出した(タチバナ・ファームのHPより抜粋)



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 はぇ~……それってけっこうある事なんか?



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 馬主と、馬主の家族ぐらいならあるらしいけど、騎手の家族に許可出すってのはかなり珍しい

 馬って神経質な生き物だから、部外者連れて行くとそれだけでもストレスになっちゃうから



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 >>38

 引退している馬ならまだしも、現役の競走馬の場合はほぼ皆無

 やっぱり事故は怖いし、現役中はけっこう気難しい性格している場合が多いから、互いの安全の為にも普通はシャットアウトされてる



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 記念品として作られるらしいホワのカレンダーも、普通に考えたら頭オカシイからな

 乗馬用ならともかく、何処の世界に現役の競走馬(しかも、GⅠ馬)を撮影してカレンダー売り出そうとするんや



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 そう言いつつも、おまえらカレンダー予約した?



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 したに決まっているだろ



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 保存用と実用と観賞用に三つ予約注文済み(鋼の意思)



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 来るのが1年~2年後なのに、既に予約注文Lサイズだけで7万個入っているとか、やっぱすげーわ

 受注販売だから先払いだろ?



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 これは俺も記念品として二つ注文している

 プレミア云々じゃなくて、ホワの写真つきカレンダーなんて、おそらく二度と手に入る機会がないから



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 Lサイズ一つ3000円で7万個って、もうこの時点で2億の利益が出ているの笑える

 こっから更に続々と増え続けるのを考えると、5億超えるんじゃないのか?



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 5億どころか、JRAはホワの人形もそうだし、様々なグッズをこそっと売り出そうとしているから、下手すると数十億~数百億ぐらいの経済効果が出て来るぞ



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 ホワって改めて思うけどめちゃ賢いよな

 柊騎手の旦那さんというか、親しい相手だと気付いた瞬間、明らかに気を許した様子で頭を差し出したのすげーわ



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『旦那さんだって分かったみたいだから、好きに撫でてもいいよって言っていると思います』


『たぶん、ダービーの時に彩音さんを落とし掛けてごめんなさいって謝っているっぽいです』


『あ、その林檎は謝罪の印だと思います。でも、お腹壊すと大変なので、後で新しいやつをお渡しします。それは、ホワが食べていいからね』


『う~ん、背中に乗っていいよってことでしょうか。でも、さすがに旦那さんでは体重が有り過ぎるので……なので、腹を撫でるぐらいにしてください』


『ホワは彩音さんをすごく信頼しているので、おそらく、そんな彩音さんの旦那さんだからこそ、貴方の事を信頼したのかもしれません』


『あそこの、遠くから見つめているのがクレイジーボンバーです。けっこう人見知りしますし、他所のお馬さんなので近づくのもNGです』


『あ~……だ~いじょ~ぶ~!! クレイジーの分も、おやつ用意してあるからぁぁあああ!!!!!』


『……え、あ、すみません、驚かせちゃいましたね。クレイジー、自分だけオヤツ貰えないとものすごく拗ねちゃうので、ちゃんと声を掛けておかないと駄目でして』



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 >>50

 タチバナの娘さん、サイコメトリーかなんか使えるやろ



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 >>50

 これの何が恐ろしいって、傍から見るとマジで馬の言葉を理解しているっぽいのが……



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 さすがは、クレイジーすら手玉に取る魔性の厩務員



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 あ、おい待てぃ(江戸っ子)

 クレイジーは基本的に人の言う事を良く聞く、賢くて良い子だぞ。伊藤牧場のSNSにも、クレイジーは繊細で優しい子って出ているゾ



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 クレイジーボンバーという厳つい名前とは裏腹に、幼名はスリスリペタペタと頬をすり寄せて甘えてくるところから、ペタちゃんって呼ばれていたという……



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 ペタちゃんwwwww



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 ホワにペタ

 そんな可愛らしい名前のお馬さんが、今や日本を代表する名馬として、再来週の天皇賞にて再びぶつかり合うとか、このリハクの目を持ってしても……




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 日本を代表で思い出したけど、新馬戦を大差勝ちした馬ってクレイジーボンバーの弟?



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 >>58

 先週の1400mのやつ?

 名前がダンシングジェットなら、クレイジーの全弟やな

 あまりに糞強過ぎて、1000m走った時点で結果が見えてビビったぞ



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 >>59

 それ、マジで強過ぎてビビった

 1人だけ積んでいるエンジンが違い過ぎるわ

 アマチュアの中にプロが入っていたぐらいに格が違い過ぎるぞ……



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 クレイジーの血筋、強い……強過ぎない?

 あんなん量産されたら、他の馬主さんたち壊滅するで……



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 >>61

 そう簡単に強い馬を量産出来たら誰だって思い悩んだりしないぞ

 血筋が良くても思ったより走らない馬なんて数えきれないぐらいにいっぱいいるのが競馬の世界よ



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 これはアレか、ビワハヤヒデ → ナリタブライアン の流れか?



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 そう易々とシャドーロールの怪物が生まれてたまるか

 と、言いたいが、何もかもが主流から外れてもなお誕生した奇跡のような馬、ホワイトリベンジという前例もあるしなあ……



 65 競馬一筋12ハロン


 ダンシングジェットは、現時点では確かに強い

 こっからどんだけ伸びるかどうかや、クラシックの皐月賞あたりまでは糞強くとも、そっから思ったより伸びずにその後は鳴かず飛ばずってのは普通に起こりえるぞ



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 クレイジーボンバーとダンシングジェットという夢の兄弟対決を見たい気持ちはあるが、2歳馬と4歳馬だからな……

 せめて1歳差なら良かったが、さすがに2歳の差はデカい



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 素質はクレイジーに勝るとも劣らないって感じで期待されているみたいやね



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 競走馬っていちおうは5,6歳ぐらいが引退の平均らしいけど、それまでにGⅠ取っていたら4歳で引退ってのも珍しい話じゃないしな



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 だいたい、4歳の秋頃ぐらいが競走馬としてのピークって言われているだけで、5歳になってからピークを迎えるやつもいれば、4歳なるかならないかでピークを迎える子もいるしな

 ていうか、馬だって歳を取ると回復も遅くなるし、怪我もしやすくなるから一概には言えんぞ



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 日本の競馬って、クラシックという3歳しか出られないって決められているレースがあるから、必然的に好まれるのが3歳、4歳ぐらいでピークに入る早熟な競走馬なのがなあ

 5歳になっても強い馬より、3歳から強い馬の方に人気が集まってしまうのも仕方がない面もある



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 ……ってことは、クレイジーもホワも……4歳で引退……ってこと!?



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 >>71

 それは馬主が決めることだ



 73 競馬一筋12ハロン


 クレイジーは分からんけど、ホワは引退しても不思議じゃない

 奇跡の復活を果たしたけど、やっぱり一度死にかけの怪我をしている以上はどこかしらにダメージが蓄積されているだろうから

 ぶっちゃけ、どこかでガクーンとステータスがナイアガラ状態になっても不思議じゃない



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 >>73

 実際、回復しただけでも奇跡なのに、そっから春天取る時点で奇跡のダブルだから、一切否定出来ない



 75 競馬一筋12ハロン


 5歳になると怪我とかも増え始めるって聞くし、4歳で引退が妥当な線?



 76 競馬一筋12ハロン


 克服したとはいえ、元々が歩行不安持ちだからな

 レントゲンとかでは異常なしだとしても、走っている時に掛かる負荷はとんでもないからな

 次に骨折したら、おそらく助からん



 77 競馬一筋12ハロン


 それなのにGⅠ勝つとか、さすがはホワ、俺たちの想像の上を行ってくれる名馬だ



 …………


 ……


 ……


 ……


 ……


 …………



 ――――――――――――――――――――






 ── 走って、駆け抜ける ――




 たったそれだけの事に、これまでどれだけの人々を魅了し続けたのだろうか。



 10月○○日(日)の、午後15時40分。



 高らかに鳴り響くファンファーレの音色が終わるとすぐに、『天皇賞・秋』のレースが始まった。


 東京競馬場・芝2000m。


 天候は晴れ、芝の状態は(良)。


 風も穏やかな微風であり、正しく、秋の盾を手にするに相応しい、優駿たちの決戦の場。


 押し掛けた約10万人は、ゲートより飛び出した優駿たちの姿を目にした瞬間、歓声を上げた。


 何故なら、集まった彼ら彼女ら、老若男女の例外なく、ソレをみる度に電車やバスや車で駆けつけたのだから。



 その中で……特に人々の歓声を浴びている、葦毛の馬が一頭。



 その馬は、軽快に先頭を駆けて行く。


 激戦の末に春の盾を手にした葦毛の復讐者が、我こそ最速だと言わんばかりにライバルたちを置いて行く。


 もちろん、ライバルたちは……騎手も、馬も、黙って見送ることはしない。


 如何に強かろうが、レースに絶対はない。


 それを知っている騎手たちは、跨る相棒たちを冷静に操りながら、逆転のチャンスを狙ってゆく。



 ──だが、先頭が入れ替わることはない。



 先頭を狙うライバルたち……その中でも、唯一葦毛の復讐者に……ホワイトリベンジに黒星を付けたクレイジーボンバーですら、届かない。



 ──強い。とにかく、速い。



 積み重ねた血統が、受け継がれてきた強者のDNAこそが勝敗を分け、より良血にこそ勝利は輝くモノ。


 そんな、競馬の世界に薄らと蔓延しかけていた空気など、知った事ではないと言わんばかりに……ホワイトリベンジは復讐してゆく。



 血統が、なんだ。


 DNAが、なんだ。



 そんなモノは、俺の前には関係ない。


 見よ、これこそが最速、これこそが最強だと言わんばかりに、ホワイトリベンジは先頭を駆け抜け続け。



 ……そして、最後まで先頭を譲ることなくゴール板を駆け抜けた。



 その瞬間、歓声が東京競馬場に鳴り響いた。


 もはや、誰もがその強さを疑わなかった。


 誰もが、復讐者の完全復活を認めた。


 そして、それに比例して。


 それがどれだけ失礼であり無礼であっても、その走りを見た者は……ある事を思い始めた。



 ……仮に。そう、仮に。



 ホワイトリベンジが、あの日に骨折をしていなかったら……三冠馬となっていたのではないか、と。


 もちろん、そんな甘い話があるわけではない。


 だが、その速さが、その強さが、逆境を跳ね除け続けることで積み重ねてきた、その奇跡が……見ている者たちの頭から、その考えを消してくれなかった。



 ……おそらく、クレイジーボンバーの陣営の脳裏にも、それが過ったのかもしれない。



 もちろん、全員ではない。だが、人間であるのだから、僅かでも……弱気になってしまう者が現れても、不思議ではなかった。



 ……。



 ……。



 …………だが、この日、この時……そんな、弱気の虫に憑かれていた者たちはみな……己の浅はかで無礼な考えを、心から恥じた。



『──泣いています!』



 そう、全国に届けられた実況の声。けれども、最初にその言葉を呟いたのは、おそらく実況ではなかった。



『──クレイジーが泣いています。大粒の涙を零し、クレイジーが泣いています!』



 誰もが、勝利者のホワイトリベンジではなく、その後方に居た二番目の馬を見つめていた。



『クレイジーボンバーが泣いています!』



 実況の声を他所に、クレイジーの主戦騎手である伊藤が、涙を流し続ける相棒の首を摩り続け……そして、見つめる。


 視線の先は……もはや、言うまでもない。


 しかし、誰もがそれで気付いた。


 そして、今まで気付いていなかった事に気付いた。



『そして、天才が泣いております──いや、彼は天才ではなかったのかもしれません!』



 ありとあらゆるモノを、生まれ持ったその時より得ていた『天才』は……『天才』であると同時に、『天才』ではなかった。


 彼は──ただの、負けず嫌いの青年であったのだ。



 そして、誰しもが理解した。



 彼はけして、己を『天才』だと思っていない。彼の相棒もまた、同じなのだろう。


 数多に居る挑戦者の一人として、あるいは一頭として、越えてやりたい壁を前に苦悩する……ただの『挑戦者』に過ぎないのだということを



『クレイジーボンバーが、次こそはリベンジを果たすのだと、嘶いております! 挑戦者が、再戦の嘶きをあげております!』



 この日、この時……この瞬間。



『クレイジーボンバーの次走は、『有馬記念』! ホワイトリベンジが、その挑戦を受けて立つのか……注目です!』



 人々は見た。



 馬も、人と変わらない。勝ちたい相手に負けた時、心から悔しくて涙を流すのだという事を。



 人々は……確かに、その目で見たのであった。






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