第5話

赤ずきんは道草が好きだ。


今日だってママに道草をしちゃダメだって言われたのに、綺麗な花を見つけたら吸い寄せられるように道からそれて、森へ分け入ろうとした。


僕は嫌な予感がした。


いつもなら赤ずきんの後に付いていって、道草に付き合うけれど、今日はいけない気がする・・・。

早くおばあちゃんの家に行かないといけない。

胸の奥がザワザワと騒いで仕方がない。


僕は森へ分け入ろうとする赤ずきんのスカートを口で咥え、くいっと引っ張った。


「え~、ルーちゃん。ちょっと寄るだけよ。綺麗なお花をお土産に持って行けばおばあちゃんも喜ぶでしょう?」


赤ずきんは僕の頭を撫でて、僕の口からスカートを引っ張ったが、僕は離さなかった。

もう一度、くいっと道に戻るように、引っ張った。


「分かったわよ」


赤ずきんは不貞腐れたように元の道に戻った。でも今度は、僕に挑戦するような顔を向けて、


「じゃあ、走るわよ! よーい、ドン!」


そう言うと、いきなり走り出した。

僕は慌てて後を追う。

もう! ママに走るなって言われたのに!

一つの事を守ると、もう一つは破るんだから!


僕は呆れながらも、気持ちが急いていたので、一緒に走った。

もちろん、僕にとってはスキップ程度の速度だけれど、赤ずきんは必死のようだ。


一緒におばあちゃんのお家まで駆けて行った。


おばあちゃんの家が見えてきた。

ハシバミの生け垣のところまでくると、赤ずきんはゼーハーゼーハーと息を切らして膝を付いた。

僕は可笑しくなって、赤ずきんの傍に行き、頬を舐めた。


でも、その時だ。


おばあちゃんの家から物音が聞こえた。

それと同時に叫び声も!


「た、助けて・・・!」


僕はおばあちゃんの家に走った。

扉は開いていた。僕は夢中で家の中に飛び込んだ。





おばあちゃんは床に転がり、その上に男が覆いかぶさっていた。

男は片手を振り上げている。そしてその手に何か握られていた。

それは尖って光っている。ママが料理の時に使うやつだ。


男はさっきの奴だった。


僕は叫び声を上げ、男に飛び掛かった。

男の振り上げた腕に噛みつく。口の中に血の味が広がった。


「ぐわぁっ!」


男は叫び声を上げた。

手に持っていたナイフは床に落ちて転がった。

男は僕を離そうと、反対の手で僕の顔を掴んだ。


でも僕は噛みついている歯にさらに力を込める。歯が腕の骨に当たった。

男は苦し紛れに、僕のスカーフを引っ張っぱると、取ってしまった。


僕はそんなことなど構わず、腕から口を離すと、今度は男の首元に狙いを付けて飛び掛かった。

だが、もう片方の腕に阻止された。

僕の歯はその腕にめり込んで、その骨をかみ砕いた。


「ぎゃあ!」


男のあまりにも大きな叫び声に、僕は耳が痛くなり、一瞬、男を放してしまった。

男はその隙に僕から離れ、扉に走った。


赤ずきんとおばあちゃんは抱き合ったまま、震えている。


僕の心は二人の傍を離れるなと叫んでいた。

だけど、理性が効かない。

口の中に残った男の血の味と、男から流れてくる血の匂いが、僕の本能を掻き立てた。


僕は男を追う方を選んだのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る