第5話
赤ずきんは道草が好きだ。
今日だってママに道草をしちゃダメだって言われたのに、綺麗な花を見つけたら吸い寄せられるように道からそれて、森へ分け入ろうとした。
僕は嫌な予感がした。
いつもなら赤ずきんの後に付いていって、道草に付き合うけれど、今日はいけない気がする・・・。
早くおばあちゃんの家に行かないといけない。
胸の奥がザワザワと騒いで仕方がない。
僕は森へ分け入ろうとする赤ずきんのスカートを口で咥え、くいっと引っ張った。
「え~、ルーちゃん。ちょっと寄るだけよ。綺麗なお花をお土産に持って行けばおばあちゃんも喜ぶでしょう?」
赤ずきんは僕の頭を撫でて、僕の口からスカートを引っ張ったが、僕は離さなかった。
もう一度、くいっと道に戻るように、引っ張った。
「分かったわよ」
赤ずきんは不貞腐れたように元の道に戻った。でも今度は、僕に挑戦するような顔を向けて、
「じゃあ、走るわよ! よーい、ドン!」
そう言うと、いきなり走り出した。
僕は慌てて後を追う。
もう! ママに走るなって言われたのに!
一つの事を守ると、もう一つは破るんだから!
僕は呆れながらも、気持ちが急いていたので、一緒に走った。
もちろん、僕にとってはスキップ程度の速度だけれど、赤ずきんは必死のようだ。
一緒におばあちゃんのお家まで駆けて行った。
おばあちゃんの家が見えてきた。
ハシバミの生け垣のところまでくると、赤ずきんはゼーハーゼーハーと息を切らして膝を付いた。
僕は可笑しくなって、赤ずきんの傍に行き、頬を舐めた。
でも、その時だ。
おばあちゃんの家から物音が聞こえた。
それと同時に叫び声も!
「た、助けて・・・!」
僕はおばあちゃんの家に走った。
扉は開いていた。僕は夢中で家の中に飛び込んだ。
★
おばあちゃんは床に転がり、その上に男が覆いかぶさっていた。
男は片手を振り上げている。そしてその手に何か握られていた。
それは尖って光っている。ママが料理の時に使うやつだ。
男はさっきの奴だった。
僕は叫び声を上げ、男に飛び掛かった。
男の振り上げた腕に噛みつく。口の中に血の味が広がった。
「ぐわぁっ!」
男は叫び声を上げた。
手に持っていたナイフは床に落ちて転がった。
男は僕を離そうと、反対の手で僕の顔を掴んだ。
でも僕は噛みついている歯にさらに力を込める。歯が腕の骨に当たった。
男は苦し紛れに、僕のスカーフを引っ張っぱると、取ってしまった。
僕はそんなことなど構わず、腕から口を離すと、今度は男の首元に狙いを付けて飛び掛かった。
だが、もう片方の腕に阻止された。
僕の歯はその腕にめり込んで、その骨をかみ砕いた。
「ぎゃあ!」
男のあまりにも大きな叫び声に、僕は耳が痛くなり、一瞬、男を放してしまった。
男はその隙に僕から離れ、扉に走った。
赤ずきんとおばあちゃんは抱き合ったまま、震えている。
僕の心は二人の傍を離れるなと叫んでいた。
だけど、理性が効かない。
口の中に残った男の血の味と、男から流れてくる血の匂いが、僕の本能を掻き立てた。
僕は男を追う方を選んだのだ。
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