第99話 さまよって辿り着いた魂

 「単刀直入に聞きます。七色ななしきさん、あなたはシンファとどんな関係なんですか?」


「……」


 おれの問いに、七色さんは少し下を向いて黙りこくる。

 言いにくい話なのかもしれない、おれも焦って問いただすようなことはしない。


 けど、何やら様子がおかしかった。


「……ちょっと、まって……!」


「七色さん?」


 ぎゅ~、っと胸元を手で抑える七色さん。

 何かを抑え込んでいるのか?


 おれも思わず心配になって声を掛ける。


「大丈夫ですか!?」


「もう、ダメ……!」


 そう言うと、七色さんはガクッと膝を落としてしまう。


「七色さん!」


 だが、おれも心配になって駆け寄ったところ、七色さんは何事もなかったかのようにすっと立ち上がる。

 それどころか、何やら甘い目でこちらを見つめ、いやらしい手でおれの頬をでる。


「久しぶりね、


「……え?」


「え、って。悲しいわ、もう私のこと忘れちゃったの?」


「え、ちょ、まって……」


 相変わらずおれを誘惑してくるような、甘い口調と手つき。

 もしかして、おれが今話しているのって……


「シンファなのか?」


「正解」


「いやいやいや!」


 正解……ウフっ、じゃなくて!

 口調はそう、口調はたしかにシンファだ。


 シンファは異世界で共に魔王を討伐した仲間。

 おれの知る限り、支援役サポーターで彼女の右に出る者はいない最強の『支援魔法』使い。


 だが、それに反して夜の彼女は中々に攻撃力が高かった。

 そういったことは……したり、しなかったり、いやしてない。


 でも、今目の前に立っているのは七色さん。

 サラサラで明るく薄い赤髪で隠れた目元に、まだ高校生の顔付き。

 見た目が同じクラスの七色さんのままだから……どうにも頭がバグる!

 

「久しぶりの再会だし、ちょっとお茶でもしましょ?」


「出来るかー!」


 シンファこいつの「お茶しよ」は、ただのお茶で終わるはずがない。

 それで何度騙されて、襲われそうになったことか。

 それを七色さんの顔で言われると……もう倫理観が狂う!


 と、おれが混乱する中、彼女の中で異変が起こる。


「ちょっと、返してください!」

「なによ、もうちょっとぐらい良いじゃない」

「ダメです、恥ずかしい!」


 なんだなんだ?

 同じ声同じ顔で、七色さんが自分と言い合っているみたいだ……。


 一応、丁寧な方が七色さんで、タメ口がシンファってところなのか?


 そんな様子は、傍から見るとどうも滑稽こっけい

 というか、


「さっさと説明しろー!」


「あら」


 おれのツッコミで、ようやく彼女は説明をしてくれた。





「まじか。未だに信じられない」


「ですが……事実なんです」


 結論、「七色さんの中にシンファの魂が迷い込んだ」、ということらしい。

 それが分かったのは、ほんの二週間前ほど。


 おれが大阪遠征に行っているタイミングで、彼女も同じぐらい学校を休んでいたのは聞いていたが、原因はこの事だったらしい。

 シンファとどう折り合いをつけるか、状況の確認など、色々混乱していたみたいだ。


 なんか申し訳ない、七色さん。


 そうして、彼女の中のシンファと話し合う内に、先程のように体の主導権を交代できるようになったとのこと。


 おれも未だ完全に理解できているわけではないので、引き続き七色さんの話を聞きたいと思う。

 

「でも、一体どうやって?」


「はい。私の職業ジョブは“召喚士”。私が普段従えている子たちは、力を借りる際にを呼び出すのです」


 七色さんの、強化バフを行う赤い狐(こんちゃん)や、回復ヒールを施す緑のはと(きゅいちゃん)なんかだな。

 異世界にこんな特殊な力を使う子はいなかったので、大変興味深い。


「それで私はいつものように、新たな子の魂を召喚しようと修行をしていたんです。そうしたら、シンファさんの魂がさまよってきまして」


「まじか」


「その後、私の中にシンファさんの魂が住み着くようになったのです。そして今ではさっきのように、私に代わって体の主導権を握ろうとしてくるんです」


「お前、人の体で何やってんだよ……」


 七色さんに言ったが、今のは当然シンファに向けている。


 って、待てよ。

 シンファとおれの繋がりを知っているということは、


「七色さんもおれの過去を知ってるの?」


「はい、シンファさんから聞きました。まさか勇者だなんて……だからあんなに強いのですね」


「いやあ、照れますなあ。けど、一応他の人には内緒にしてくれる? それで面倒なことに巻き込まれるのも嫌だし」


「はい、それは分かっています」


 良かった良かった。

 七色さんは言いふらすような人ではないし、一安心。


 ふむ、納得は出来ないが一応理解は出来た。

 そうなるとやはり、シンファの本体の方が問題になってくるわけで。


「ごめん、七色さん。一旦シンファに代わってもらうことは出来るかな?」


「わ、分かりました……」


 七色さんは少し嫌そうながらも、目を閉じて手を胸元で包んだ。


 まあ、シンファだしなあ。

 何をしでかすか分かったもんじゃない。

 幸いなのは、おれ以外の男には手出しをしないことか。


「はぁ~い、シンファよ」


「お前、絶対に七色さんの体で変なことするんじゃないぞ」


「分かってるわよ、もうっ!」


 そう言いながら、さりげなくおれの腕にボディータッチ。

 だからそういうとこだっての。

 

 まあいい、話を進めるか。

 おれも、いくつか聞きたいことがある。


「シンファ、お前の体がこの学校にあるのは知ってるか」


「ええ、知ってる……というより、感覚的に分かるわ」


「! そうか、なら話は早い。さっさと元の体に──」


「出来ないのよ」


「え?」


 おれの言葉を遮りながら、今度は真剣な顔で話し始める。

 急に雰囲気が、真面目な時の彼女だ。


「何故かは分からない。それ以前に、どうして私の体と魂が分離したのかも、分からないの」


「そう、なのか……」


「けど、そうなる直前の出来事は覚えてる。そのが、おそらく私の体と魂が分離した原因だってことも」


「! 話してくれ」


「ええ。でもその前に一つ、カケルに伝えなくちゃいけないことがあるの」


「それは?」


 シンファのあまりの真剣な顔に、少々気後れしながらも聞き返す。

 なんだ、妙に心臓がバクバクする。


「かつての勇者カケルパーティー。残っているのはもう、私とあなただけよ」

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