第95話 皇の<スキル>
この戦いで、
瞬間、
プロの上位探索者が使う武器にも、勝るとも劣らない品質の【トゥインクル・レイピア】。
その丈夫さは言うまでもない。
だが、速くなり過ぎた麗の太刀筋、その一点を突くような剣技のスタイルが加味して、それが悪い方向に走ってしまった。
ピシッ!
「!?」
折れるまではいかなくとも、嫌な衝撃が麗の体全体に行き渡る。
【トゥインクル・レイピア】が
瞬時にそう察することが出来たのは、麗にとってはこの剣は相棒と呼べるほどに、長く使ってきたからだ。
そうして麗の意識が一瞬、愛剣の方に向いてしまった。
強者との至近距離においては、それだけで命取りだ。
「──っがは!」
何が起きたかもわからず、麗は吹き飛ばされた。
「ぐっ……」
どれだけ追い詰められてれも立ち上がった麗が、初めて膝をつく。
今のダメージに加え、これまでの運動量による疲れが、束になって一気に体に重くのしかかってきたのだ。
意志は前を向くも、体が言うことを聞かない。
(体が……重い)
単純なる体の重さと、再認識してしまった皇との差に、恐怖がまたじわりじわりと芽生え始める。
少し浸食されてしまえば、もう早い。
そんなうずくまる麗を見つめ、皇が口を開いた。
「気分が悪いぜ。この<スキル>、疲れるんだよ」
皇が唯一使える<スキル>。
それは、彼が宿す三つの『魔法』と同様、生まれた時から身に備わっていた<スキル>だ。
<
皇の『防御魔法』である『
そして、この<
つまり今の皇は、手に持つ槍に加え、半径50cm程の空間全てが、見えない武器となっている。
空間とはすなわち空気。
その攻撃方法は、敵を押しつぶす、空気を圧縮させて吹き飛ばす、一点に集めて鋭利な武器とするなど、なんでも考えられる。
皇の周りの空気が、そのまま武器となる<スキル>だ。
「だが誇っていいぞ。これを使ったのも何年かぶりだ」
皇はダンジョンに潜る際にも、滅多に<スキル>は使わない。
ただ魔物に向かって歩いたとしても、破られることのない三つの『魔法』があるからだ。
何も出来ない魔物を前に、レベルアップを重ねた攻撃力と、最高級の槍で突き差せば魔物を倒せる。
それだけで良いのだ。
「ふっ、嬉しくは……ないな」
「まじかよ、まだ立つのか。タフだねえ」
その真っ直ぐさに、もはや驚きを通り越して呆れてしまう皇。
自分には出来ない必死さには素直に感心するも、同時にその健気さに同乗してしまいそうになる。
「応援してくれる者のためにも、私は立たなければならない。なにしろ私は」
「ふっ」
両者は、武器を構えた。
「この学校の会長なのでな!」
麗は、最後の力を振り絞って足を踏み出す。
すでに限界がきているその体。
体の状態とは反して、
麗の剣が、皇に届く前に、麗の体は限界を迎えた──。
キィィィィン!
「「!」」
麗の細剣、皇の槍。
そこに加わる一本の剣と、一つの手。
両者が止めたのは、全く同じタイミングだった。
「
「これはこれは。
麗の剣を翔が、皇の槍を目黒が止めている。
今の攻防が交わっていたら、お互い無事では済まなかった、そう判断したのだ。
そして、二人からわずかに遅れ、教員の審判団が飛び込んでくる。
「君たち!」
審判団も最後の攻防には肝を冷やしたのか、駆けつけていたようだ。
だが、審判団のタイミングでは間に合っていなかったのは明白。
「よく止めたね。我々の判断ミスだ、すまない」
教員は現役プロ探索者、もしくは元プロ探索者だ。
それが間に合わないほど、最後の麗は速かった。
ならば、それを止めた二人はなおさら……。
「翔、なぜだ! なぜ止める!」
「麗さん、これ以上はダメです。取り返しがつかないことになります」
「くっ。だからと言って──」
「天野翔くんの言う通りですよ」
「「!?」」
翔と麗の会話に口を挟んできたのは、目黒だ。
「僕としても、これ以上清流さんが戦うのは望みません」
「?」
少し意味深に思わせる目黒の言葉。
翔にも目黒の意思は読み取れない。
それほどに行動といい、言動といい、目的が謎の男だ。
「はっ! そういうこった」
皇も言葉を発する。
審判団も、麗がすでに限界であることは分かっているようだ。
「今の試合はストップとみなして、関西側の勝利とします」
「はい……分かりました」
主審に直接告げられ、すっかりと力が抜けてしまった麗。
彼女は、翔の腕の中でがっくりとしてしまう。
麗にとっては、少しすっきりとしない終わり方ではあったが、自分の体が限界を超えた瞬間は自分でも分かっていた。
彼女には明るい将来がある、それを模擬戦なんかで潰してはいけない、という審判団の判断だ。
麗はすぐさま医務室に連れて行かれることとなる。
となれば、国探側の大将、翔は余ってしまう。
が、この状況に乗ってくるのがこの男。
「おい、俺とやらなくていいのかよ」
「皇……!」
明らかに挑発だ。
皇は麗の後に、翔とも戦いたがる。
もしくは、“いたぶりたい”とも言える。
「ちょ、ちょっと君達!」
当然、審判団は止めようとする。
しかし、
「良いんじゃないですか」
目黒だ。
まるで最初からここまでの展開が見えていたように、今の状況に不吉な笑みを浮かばせる。
目黒に真っ直ぐな目を向けられた審判団は、蛇に睨まれた
「目黒帳……、あなたは本当に何者なんだ……?」
「……それ以上は踏み込まない方が良い。天野翔くん」
「で。やるのか、やらねえのか、はっきりしろや」
「おれは……」
翔は医務室に運ばれていった麗さんの方を見つめ、視線を皇に戻した。
「やらせてくれ。手負いの状態で悪いがな」
「はっ! ちょうど良いハンデじゃねえか」
翔は戦う意思を示した反面、心配な事もある。
(これを見て、みんなはどう思うのだろうか……)
翔が観客席を見渡して、果たして自分たちだけで決めていいものかを確認する。
本来ならば、こんな勝ち抜け方式はルール上、許されない。
だが意外にも、この場を盛り上げたのは皇。
「てめえらも見てえよな!? 国探のトップが俺にぶっ倒されるところをよ!」
「「「うおおおおー!!」」」
国探の“三傑”や凪風が戦っている時とは、全く違った野太い歓声。
態度の悪さから嫌われている皇は、それゆえにガラの悪い連中には確かな人気があった。
対して、負けじと国探側も声を上げた。
「そんな奴に負けるな!」
「翔くん!」
「大将ー!」
この盛り上がりようには、翔も少々驚いた。
「やるぞ、天野翔」
「そういうことなら……!」
そうしてここに、満を持して翔と皇の対決が始まる。
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