第94話 光をまとう剣聖

 国立探索者学校三年、清流せいりゅうれい


 直近の学内対抗戦にて、天野あまのかける率いる新生一年生軍団に負けはしたものの、依然学校内外からの人気は一番であり、高校生では知名度が最も高い。


 その速すぎる剣技、華麗な美技から「剣聖」と呼ばれる彼女。

 そんな彼女の職業ジョブはその名の通り、“剣聖”。


 特に隠しているわけではないので、知っている者も多数いるが、彼女の立ち振る舞いからそう呼ばれてると思っている者も多い。


 だが、特性を知る者はほとんどいない。


 職業ジョブ“剣聖”、その特性はいわば「右肩上がり」と「火事場の馬鹿力」。

 スロースタートというわけでもないが、彼女は戦えば戦うほど、<スキル>を発動すればするほど、追い込まれるほど、その力は上限を超えていく。


「ふうぅ……」


 対抗戦でも、翔が【ミリアド】の真価に気づかず、もう少しでも長引いていれば結果は違っただろう。

 それほどに、麗の力は増大していく。


 ここまで無意味に見えた、麗の極端な運動。


 彼女の目的は

 

 一つは幼稚で短気な皇を怒らせ、判断を鈍らせる。


 そしてもう一つは、自らを窮地きゅうちに追い込むため。

 

「覚悟しろ」


 麗の持つ【トゥインクル・レイピア】に集まった光が、彼女の体に反映される。


 今の麗は、例えるなら光の勇者。


「覚悟? 何言ってんだおま──」


「──はあッ!」


 『聖なる盾イージス』による完全防御を過信したすめらぎは、防御体制を取らなかった。


 この一手の攻防が、命運を分ける。


「──がはっ!」


 麗の、誰の目にも追えぬ一突き。

 ここにきて初めて、麗が皇にダメージを与えた。


「「「!!」」」


 これには会場中、翔たちが座す選抜メンバー席の者も、全員度肝を抜かれた。

 皇の絶対防御が破られた……かに見えたのだ。


「なんだ、今のは……?」


 一番不思議に思うのは、攻撃を食らった皇本人。

 それもそのはず、身にまとう装甲や『聖なる盾イージス』には一切傷が付いていない。


「それが分からぬようならば、私の勝ちだ!」


「くっ!」


 麗は、三度みたび皇との距離を詰める。


「はああああっ!」


「てめえええっ!」


 キンッ!

 両者の武器が交わり、互いに弾く。


「──!」


 そうして、麗が皇の周囲を目にも止まらぬ速さで回り始める。 

 

<瞬歩> <緩急移動《チェンジオブペース》> <陽動《フェイント》>


 先程と同じ、移動系<スキル>を使った高速移動。


 違うのは、皇の表情。

 これまでとは全く状況が一変したのだ。


 今は、攻撃を食らえば何故かダメージが入る。

 その恐怖を身に染みて感じる皇。


(ちっ、どこだ! こざかしい奴が!)


<斬刃《スラッシュ》>


 ガキンッ!

 麗が、皇の背後からの攻撃。


 だが、ダメージは無い。

 今度は『聖なる盾イージス』に弾かれた。


「そこかあ!」


 皇が振り返った瞬間、下方に姿勢を潜り込ませていた麗が、正面から剣を突き上げる。


<斬刃《スラッシュ》>


「──がっ!」


 この攻撃は有効。

 皇は口から血を流す、


「くそがあ!」


 そうして、一瞬遅れて槍を振るうも、すでにそこに麗はいない。


「随分と苦しそうだな」


「はあ……はあ……。なんだ、なんなんだ、てめえはぁっ!」


 明らかに肩で息をする皇に対して、皇の五倍は動いているであろう麗は、すでに乱れた息を整え始めている。


 二人の間には努力の差、鍛錬の差が如実に表れている。


「まだまだいくぞ!」


「ちいっ!」


 突如として優勢になった麗側。

 だが、観客席からも見て取れる通り、皇の装甲には傷が付いていない。


 ここでようやく、数多の経験を培った翔が気づき始めた。


「そういうことか……」


 口に手を当ててぼそっと呟いた翔に、強く反応を示したのは大空そら妖花あやか


「翔くん、何か分かったの!?」


「どういうことなの!?」


 麗の一番の親友であり、麗を一番に応援する二人が翔に求めた。

 麗と皇の攻防で、何が起こっているのか理解せずにはいられないのだ。


「麗さんは、明らかに攻撃もスピードも上がり続けてます。それは多分、職業ジョブの影響だと思われますが」


「そうね」

「麗の特性はそれで合ってるわ」


「やっぱりですか。でも、重要なのはそこじゃない。職業ジョブ特性は確実に要因となってますが、それよりも麗さんの戦い方です」


「戦い方?」


「あの、下から突き上げる様な“突き”です」


 麗は、“剣聖”による自己強化と愛剣【トゥインクル・レイピア】を信じて、一点を突く戦法にシフトした。


 ほんの一瞬ならば『聖なる盾イージス』と同等の突破力を持てるのでは、と考えて。


「『聖なる盾イージス』といっても、あれは空間型の結界に過ぎません。皇の周囲に漂っている、厚い大気みたいなものです」


「そうなのね」


「はい。そして、先程からダメージを与えられているのは正面からの突きのみ。あれは、体のある部分を狙ってるのだと」


「あの位置って……まさか」


「おそらくそのまさか。麗さんが狙っているのは、みぞおち辺りです」


「ってことは……」


「一瞬の突破力で、厚い大気のような『聖なる盾イージス』を下から突き上げる。そうすることで、みぞおちを殴るぐらいの衝撃を与えているのではないかと」


「そ、そう……」

「結構、残酷ね」


「それだけ真剣ってことです」


 翔の推察は当たっていた。


(『聖なる盾イージス』、おれは似た結界を見たことあったから分かったけど、麗さんもよく見抜いたもんだな)


 麗の洞察力、戦闘センス、そして何よりその負けん気。

 改めて、麗の強さを目の当たりにした翔であった。


「はあ……はあ、くそが、くそがぁっ!」


「怒れば怒るほど、私のペースに飲み込まれるだけだぞ?」


「るせえっ!」


 戦っている二人の激しさが増す。

 

 短気なだけで、皇も頭は良いので麗の狙いに当然気づく。


 正面からの攻撃にも徐々に対応し始めるが、麗の特性による強化が皇の対応を上回っている状態だ。


「さあ、終わりにしよう。これ以上は君がかわいそうだ」


「……! てんめぇ……」


 ここで初めて、麗が哀れな目を皇に向けた。

 このことが、皇を最大まで憤慨させる。


「──はあっ!」


 麗が、最後だと決めた一突きの態勢に入る。


 そこで初めて、皇は<スキル>を使った。


「!?」


 瞬間、麗の剣は──。

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