第58話 取り戻した笑顔

 「なるほど……呪いですか」


 れいさんが今回の件を事細かに説明する。学校側には化け物は出なかったとしていたが、今は学校側の人間が校長だけのため、麗さんは謝った上で全てを話した。


 おれたちが同じ説明をしても信じてもらえなかったかもしれないが、どうやら麗さんは“JAPAN PUBLIC SERCHER”側とも面識があるようだ。信頼のある麗さんの言葉には“JPS”側も考えざるを得ない。


「ふむ。本校の技術を以てしても気付けなかった清流せいりゅうさんの呪いを、入学したての一年生が見抜た、と」


 疑っているというよりは、興味深いといった表情でおれのことを見てくる校長。その視線からは不思議と悪い感じはしない。


「いーや、俺は信じられませんねえ」


 “JPS”の髭面ひげづらの男だ。校長とは違って明らかにおれたちを疑っている。

 麗さんの説明でもダメか。くそっ、どうしたら──


「もう! この分からず屋ー!」


「フィ!?」

「フィちゃん!?」


 MPの自動回復で活動できるようになったのか、フィが飛び出してくる。


「なんなのあんたたち! そりゃあんたたちには分からないかもしれないけどね! こっちは超絶優秀な勇──」


「バカ、やめろ!」


「む、むぐっ!」


 勇者の使い、とかなんとか言おうとしたのだろうが、絶対に話をややこしくするだけなのでフィの口を咄嗟とっさに抑える。

 お前は案内妖精ガイドピクシーの中でも特別なんだよ!


「はなひてっ!」


 放して?

 じろっとフィの顔を睨み、うんうんうんと素早く三度頷いたフィの口を放す。


天野あまのくん、これは一体何事かな? 案内妖精ガイドピクシーのように見えるけど」


 “JPS”の三十代程の男が問いかけてくる。問いにおれよりも早く、真っ先に答えたのはフィだ。


「いいからこれでも受け取りなさーい!」


 フィが上に掲げた両手に光を灯し、えいっ、とそのまま部屋内にバラまくように両手を振り下ろした。フィからバラまかれた光は頭の上や腕など、部屋内の人のあちこちにちょんと付く。

 

「なんですか……これは」


 頭の中に直接情報が流れ込んでくる。

 なるほど、麗さんの呪いに関する情報の光か。口で説明するよりさっさと見た方が早いってか。これには天晴あっぱれだよ、考えたなフィ。


「この呪いが清流さんの身に起こっていると? そしてこれを治すために“水精霊王の結晶”が必要だった。そういうことですか」


 校長が情報を整理しながら呟く。不思議な感覚の中で、説得力を持ったフィの情報を信じているように見える。


「【水精霊王・ウンディーネ】……。まさか市場で全く価値を成さない【地の鎮守ちんじゅ・アースガルド】が、こんな風になるとは」


 三十代程の男性も思わず言葉を漏らす。


「そうよ! ようやくわかったかしら!」


 腰に手を当ててえっへん、と偉そうにするフィ。今回は良くやったと撫でてやる。


「それで、今からこの呪いを治すと?」


 三十代程の男性がおれの方を向く。


「はい、そうです」


「では、私たちもそれを見届けさせてもらっても?」


「!」


 予想だにしない質問に思わずフィの方をちらっと向く。それでもフィは自信を持った態度で大丈夫、と頷きを返してくれる。


「構いません」





★ 




 かけるたちは校長、そして“JPS”の人たちと、すっかり人気ひとけのなくなった“ダンジョンドーム”へ移動する。日曜にも関わらず、“模擬戦”や各自鍛錬に励む者などがいたが、校長の緊急を要する権限により人払いをしたようだ。


 この“ダンジョンドーム”へ移動したのはフィの提案によるものであり、彼女曰く「いざという時に魔法が要るかも」とのことだ。


「翔、頼むぞ」


「はい、任せてください」


 麗は仰向けなり、翔に全てを託す。翔はストレージから“水精霊王の結晶”を取り出し、フィの指示通りに扱う。


 翔以外のパーティーの四人は邪魔にならない様、翔とフィから一歩離れたところから心配そうに様子を眺める。校長、“JPS”の人たちはさらに遠くの壁際で翔たちを見ている。


「そっと麗のお腹近くまで持って行って。浄化作用のあるこのアイテムが、自然と呪いを見つけ出すはずよ」


「わかった」


 フィの指示通り、翔は右の手の平に乗せた“水精霊王の結晶”を、麗が攻撃を受けた下腹部へと持っていく。すでに傷口は塞がっているが、治ってはないとのこと。


「! 反応を示したぞ」


 麗の下腹部に近付けるにつれ、アイテムの透き通った綺麗な水色が、本来より一層強く光る。


「そのままじっとして」


 フィの言葉に耳を傾け、そのままじっと待つ翔。

 ……だが、反応を示して以降、何か起きるわけでもなくただ時間だけが過ぎる。


「フィ、これで合ってるのか?」


「合ってる、はずだけど……」


 翔とフィは周りに聞こえない様小声で話すも、時間が経つにつれ不信感は広まる。


「ねえ、大丈夫だよね?」

「きっと大丈夫だよ。かーくんを信じよう」


 夢里ゆり華歩かほも疑いの念を少し持つが、これに関しては何も分からないことであるため、彼女たちには見守ることしか出来ない。


「なんか怪しいっすねえ」

「……」


 “JPS”髭面の男と三十代程の男性も多少なりとも異変を感じる。


「何か工程が要るっていうの? そんなの、シンファクラスの者じゃないと――」


 フィさえも不安な声を漏らそうとした瞬間、反応を示していた“水精霊王の結晶”から清らかな水流が発生。そのまま麗を包んでいく。


「! これは!」


「やった、成功よ!」


 フィが上げた大きな声に、パーティーの四人はわっと湧き上がる。


「……」


(! 今の姿は──)


 そんな中、翔は何か気配を感じ取った先から一瞬人影を目にするが、誰かまでは判別できない。


「カケル! 見て!」


 フィに言われ、視線を違うところへ移していた翔は再び麗へ視線を向ける。


 麗は水流に包まれ、仰向けのまま宙に浮いていく。

 そしてやがて、麗を包む水流は飛沫しぶきが弾けるように広がり、麗の周りに虹を作った。


「違和感が……消えた」


 虹をまとう麗は、浮かび上がった宙から態勢を整えてゆっくりと降りてくる。呪いをもらってしまった下腹部を抑え、突っかかりが取れたような仕草を見せる。

 治療は成功。麗の呪いは無事に治ったようだ。


「「麗さん!」」


 その姿を見て一心に麗の元へ駈け込んできたのは夢里と華歩だ。


「おっと。すまない、心配をかけたな。そしてありがとう。君達のおかげだよ」


「「うわあああん」」


 胸元に埋もれる二人の頭を両手で撫で、彼女らの健闘を称える麗。

 次は豪月ごうつき凪風なぎかぜの方を見た。


「君達も協力してくれたのだろう。見知らぬ私のためにここまで命を張ってくれるとは。心から感謝したい」


「いや、まあ僕たちは……ねえ?」


「はっはっは、友の頼みを断るような男ではないわ!」


 二人とも若干の照れた様子を見せる。彼らにとっても清流 麗という存在は憧れの内の一人であろう。そんな彼女を救い、友達の願いに貢献できたことが嬉しいのだ。


「翔」


「はい」


 そうして麗は最後に翔の方を向く。


「君に頼んで良かった。ありがとう」


 目元に涙を溜め、少し頬を赤らめながら真っ直ぐに翔へ感謝の思いを伝える麗。その顔は先輩としての表情ではなく、好意を持つ一人の男として見ているようである。


「当然ですよ。約束しましたから」


「ああ、もちろん忘れていないよ。模擬戦は近いうちにやるとしよう」


 この発言には「ん!?」と言いたげな顔で翔の方を振り向く凪風と豪月。


「天野くん、やっぱり君は大物過ぎるよ」


「お前の結果次第ではオレも申し込まなければな」


「豪月も相変わらずだな」


 あはは、とパーティーと麗に笑顔が戻る。

 そしてこの様子を眺める校長、“JPS”の面々もそれは同じだった。


「これは認めるしかないか」


「そうっすね……。ガキどもは例の件とは関係が無かった。さすがに俺も引くとします。後は──」


 髭面の男が翔をじっと見つめる。


「あのガキが敵でないことを祈りますよ」





 その後、目の前で麗を救ったこと、さらなる麗の説得により、“JPS”の人たちは翔たちが侵入したのは「一刻も早くアイテムを手に入れるため」だと納得した。


 なお、“JPS”の人たちは現在進行形でに取り組んでいることから、「怪しい動きをした翔たちもそれに関わっているのではないか」と疑っていたみたいだ。誤解と分かり、彼らは翔たちに深く謝罪した。


「その件については、教えてもらえないんですか?」


 翔は三十代程の男性に詰め寄る。


「すまない、今はどうしてもね。でも、もしかしたら君達の元には届くことになるかもしれない」


「?」


 そう言い残し、“JPS”の面々は校長室から出ていく。


「……」


 最後列の髭面の男は翔の方をじっと見つめたのち、最後には視線を外して出て行った。

 

「もーなによあいつー」


 夢里はぶー垂れているが、翔は別の事で頭が一杯だった。


(反応は示すも、全く機能しなかった“水精霊王の結晶”。だがを機に急に機能し始めた。おれ以外気付いた者はいなかったみたいだが、あれは……)


 翔はある人物を思い浮かべるも、今の彼女にそんなこと出来るはずがない、と考えを二転三転させる。


(いや、今考えても仕方がない。今は麗さんの呪いが治ったことを祝おう)


「翔、私たちも帰ろう」


「はい!」


 麗に呼ばれ、笑顔のまま皆と帰っていく翔であった。

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