第28話 幸せ

 「話が、あるんだ」


「わかったよ」


 なんとなくおれが話す内容を察した様子の母さんが、おれの正面の席につく。


 国立探索者学校へ行ってから数日。おれは真剣に考えた。

 どうしてあの学校に行きたいのか、どうしたら母さんに納得してもらえるか。

 そしておれの中で一つの答えが出た。それを今から伝えようと思う。


「母さん、数日前に言ったこと覚えてる? 国立探索者学校へ行きたいって」


「覚えてるよ」


「正直、おれはあの時何も考えずにただ口走ってた」


「うん」


 母さんはおれの目をしっかり見てくれている。


「見て」


 おれは携帯を取り出すと、華歩かほ夢里ゆり、フィと撮った写真を見せる。


「仲間が出来たんだ。母さんには内緒にしてたけど、ダンジョンに挑戦してみんなで助け合って、苦しみも共有して、笑い合って」


「うん」


 おれが言った仲間。これには華歩や夢里だけじゃない。母さんには話していないけど、異世界で出会った人々、お世話になったみんなも全て含めての仲間だ。


「それから国立探索者学校を見てきた。そこで、どこかなめ腐っていた自分が悔しかった。あんなに努力をしている人たちがいて、おれは何してるんだろうって。おれは、ダンジョンに本気で取り組んでいるあの学校の人たちと高め合いたい」


「うん」


 母さんは返事だけだ。

 でも、わかる。この優しい返事はしっかりとおれの言葉を受け止めてくれている。


「だから、見ててほしい」


「!」


「納得とはいかなくてもいい。これまでのおれは信頼してもらえるほど何かに打ち込んだり、達成してきたわけじゃない」


 これはおれの本心だ。現代においては、おれは何もしてこなかった人間だ。


「それでも、いつか認めてもらえるように努力をするから、どうかを見てほしい」


 頭を下げた。

 怒られて下げることはあっても、自分から頭を下げることは今までなかった。


 少し間が空き、今度は母さんから言葉をかけられる。


かける。顔を上げて」


「うん」


 やっぱり、ダメか?


「やっと翔の真剣な気持ちが聞けたね」


「え?」


 そのにっこりとした温かい笑顔に心を打たれる。


「母さんも別に反対だったわけじゃないの。ダンジョンは好きだし、息子がそれに挑戦するなら応援してあげたい。でもね」


「でも?」


 一つ息をついて、母さんが再び口を開く。


「母さんはただ翔に幸せになってほしい。それがダンジョンであっても、他の何であっても。翔が自分でやりたいって気持ちで前に進んでくれるなら何でも嬉しい。でも、あの時の翔からは真剣さが見れなかった。このままじゃ失敗するって思った」


「母さん……」


「けど、今の翔なら信じられる。信じられる目をしてる。立派になったね。母さん、応援してるからね」


 母さんの一つ一つの言葉に、自然に出てくる涙を必死にこらえてなんとか口を開こうとする。今なら心の底から言える。


「……ありがとう」


 華歩の言う通り、母さんはしっかりおれのことを考えてくれていた。

 おれ、頑張るよ。








「あ、かーくん? どうだった?」


「応援してくれるってさ」


「ほんと! やった! それならなおさら頑張らなくちゃね! もちろん勉強も」


「うっ、勉強もかあ……」


 夜、ベッドの上で寝っ転がりながらパーティー内通話で今日の報告をする。事前に今日母さんに話をしてくると言っていたからだ。


「ちょっと! 私もいるんですけどー」


 もちろん通話相手は華歩と夢里だ。


「まあ、良かったね。これで三人、一緒に目指せるわけだし!」


「うん、二人とも本当にありがとう。二人に相談して良かったよ」


「大げさだねえ、かーくんは」


「まったくだよ」


 おれはここ数日の心のつっかえが取れたのか、寝る直前まで笑い合いながら三人で話し込んでいた。


 新たな目標が出来た。やりたいことが出来た。その一歩目を踏み出せた。


 現代の話なら間違いなく初めてのことだ。

 こんな感情になる事なんて今までなかった。


「早く明日にならないかなあ」

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