にいさま、もーっと怖い話をしましょう⑨



(四)


「おい、アイツどこ行った?」


 屋敷の中ほどまで進んだ頃だっただろうか。

 集団の二番手を歩いていた男子が声を上げた。

 見てみると、確かに先頭を歩いていたはずのチャラい男子がいない。


「あれっ、マジだ。いない」

「どっかではぐれちゃった?」

「列の先頭を歩いてたのにか? それに、廊下をまっすぐ歩いてきただけで見失うなんて……」


 一同、にわかに騒然とする。

 しかし、


「……ちょっと待って。なんか聞こえない?」


 女子の一人が全員に注意を促した。

 言われて耳を澄ませてみると、かすかにだが、どこからか人がしゃべっているのようなボソボソとした声が聞こえる。


「ホントだ。こっちから聞こえるな……」

「えっ、ヤダ。なんなの」


 不安が全員を支配する。

 どうやらその声は、廊下の少し先のふすまの内側から聞こえてきているようだった。




(五)


「この部屋か……」


 集団二番手の男子が、意を決して襖を開けた。

 そこは、十畳ばかりの仏間だった。そして、仏間の奥でこちらに背を向けて座っているのは――、いなくなったと思ったチャラい男子だった。


 ボソボソとした声も彼のものだったようで、襖が開いたことで、それまで不鮮明だったつぶやき声がややクリアに聞こえてきた。しかし、具体的に何と言っているのかまではよく分からなかった。


「なんだ、いるじゃんか! お前さあ、あんま脅かすなよな〜」


 二番手の男子がわざと陽気に振る舞って仏間の中に入っていく。

 しかし、チャラい男子は振り向く様子もない。

 ただ仏壇の前で正座して、じっとうつむいている。


「なあ、どうしたんだお前。おいっ!」


 やはり反応はない。

 しかし、彼の声はだんだんとはっきりしていき、次第に部屋の入り口からでもその内容が聞き取れるようになっていった。

 彼は――――、小さな声で同じ台詞をつぶやき続けていたのだった。


「俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に妹はいない俺に……」


 ……ずっとそれだけを繰り返していた。


「おい、どうしたんだよ! おいって!」


 近づいた男子が慌てて揺さぶるが、問題の彼はうつろに視線をさまよわせるばかりで、仏壇の前から動こうともしない。


 これはマズいんじゃないかという雰囲気を察し、残りのメンバーも全員、仏間に入っていく。仏壇の前に座る彼を囲んでそれぞれ声をかけてみるが、反応は変わらなかった。


「な、なあ。これ、ヤバいって」

「……しゃーないな。そっちの肩持ってくれ。こいつ、引きずって連れ出すから」

「お、おう」

「あたしも手伝う」

「あ、あたしも」


 と、男子二人女子二人の四人がかりで、彼を無理矢理に仏壇の前から引き離そうとする。しかし、本人が抵抗しているようで、しばしその場で膠着状態となる。


 才吾さいごは照明係のつもりなのか、四人が放り出した懐中電灯を持って部屋を照らしていた。


 そんな中、僕は部屋の入り口付近に突っ立って、「肝試しについてきただけだったのになんかおかしなことになっちゃったなあ」と妙に冷めた気持ちで目の前の事態を眺めていた。

 やがてすったもんだの末、まだブツブツとつぶやき続けている彼をどうにかこうにか立ち上がらせることに成功し、全員で部屋を出ようとした。

 のだが、そのとき、




『――――あなたたちも怖い話をしませんか』




 突然、知らない男の声がした。

 振り返ると、さっきまで誰もいなかった仏間の入り口に、黒い人影が立っている。

 夜の無人の屋敷に現れた謎の人物。

 一転、戦慄が走る。


 しかし、そこにいた誰一人として叫ぶことも取り乱すこともしなかった。

 ……いや、出来なかった。


 当然だ。ただでさえ正気を失ったメンバーの対応でいっぱいいっぱいなのだ。全員が完全にキャパオーバーに陥っていた。

 しばらく沈黙だけが続いた。

 それから数秒か数十秒か、それくらいの時間が過ぎた頃、


「だ、だっ、誰……?」


 緊張に耐えかねた女子の一人が、震える声で静寂を破った。

 すると、人影は再び、


『あなたたちも怖い話をしませんか』


 と、同じ言葉を繰り返した。

 そして、よくよく見ると、黒い人影の後ろ――廊下の暗がりの中に、まだ何人かが立っている。一人、二人、三人、四人、五人……正確な人数は分からなかったが、数えようとしているあいだにも、その人影は数を増やしていってるように感じられた。




『怖い話をしませんか』


 男の声が繰り返す。


『怖い話をしないとね、ここにいられなくなっちゃうんです』


 今度は男の後ろにいる何者かが言葉をつなげた。


『怖い話をしないと、もっと怖いものが来ちゃうんですよ』


 また別の声――これは女の声のように聞こえた――が続く。


『だからほらほら、怖い話をしましょうよ』


 声が増えるにつれ、複数の男女の声が混ざっていく。

 年齢も性別もバラバラの声が、輪唱のように重なって部屋に響く。


『みんなでさあ、怖い話をしましょう』

『ちゃんと怖い話をしないと』

『怖い話をしないと』

『怖い話をしましょう』

『さあ』

『あなたも一緒に』


 と、声が途切れたかと思うと、




『――――




 男の声がそう告げた。

 そこで限界だった。

 仏間に集まっていた全員がワッとそこから逃げ出した。

 他人に構っている余裕はなかった。全員がなりふり構わず別々の方向へ駆け出す。

 僕もまたひとりで屋敷の闇の中へと走り出していた。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る