にいさま、もーっと怖い話をしましょう⑧
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(一)
僕が「怪談屋敷」の噂を聞いたのは、高校一年の七月半ば――夏休みを目前に控えたある日のことだった。
朝の教室で友人の
才吾とは数年来の付き合いで、中学以来のいわば親友とも呼べる間柄だった。
「怪談屋敷? なんだそれ?」
僕が訊き返すと、才吾は「知らないのか?」と呆れ顔で言った。
「町外れの山の上にある古いお屋敷だよ。この辺じゃ有名な心霊スポットなんだけど、聞いたことないか?」
「いや、初耳だな……」
才吾が言うには――、その屋敷はこの高校から少し離れた山の中にあるのだという。なんでも、屋敷にはかつて由緒ある地主の一族が住んでいたらしい。
その一族というのがたいそうな物好きで、定期的に人を呼んでは屋敷で盛大に怪談会を開き、それだけでは飽き足らず、膨大な量の怪奇なコレクションを屋敷に集めていたという。
住む人がいなくなったいまでも、その屋敷には怪談にまつわるさまざまな噂があり、ゆえに「怪談屋敷」などと呼ばれて地元では有名なのだとか。
「そのあやしいお屋敷がどうかしたのか?」
「ああ。そこにさ、肝試しに行こうって話があるんだけど」
「肝試しぃ?」
「そうだ、肝試しだ。何人か集まって、今週末に行くって話」
「で?」
「一緒に行かないか?」
「うーん、肝試しかあ」
僕はしばらく渋ってみせたが、才吾はなかなか引き下がる気はないらしく、
「いいじゃないか肝試し。お前、文芸部なんだし」
「いや、文芸部だからなんなんだよ」
「こういうのいかにも小説のネタになりそうじゃん。現地取材っての? 文芸部員なら見逃せないだろ」
「なんかそれ、文芸部に対する偏見がないか?」
「いいだろ。行こうぜ?」
「でもなあー……」
「そう言わずにさ。もし途中で嫌になったら、俺も一緒に抜け出してやるから」
「お前がそこまで言うなら……」
……というようなやり取りがあって、僕も怪談屋敷の肝試しに参加することになったのだった。
(二)
そして、週末。あっというまに当日の夜が来た。
怪談屋敷は、生い茂る樹木と高く長い塀に囲われた古風な日本家屋だった。
門構えは立派だったが、特にセキュリティ管理などはされていないらしく、半開きの正門からは寂れた屋敷の建物が覗いていた。
集まったメンバーは男子五人、女子二人の合計七人。才吾以外のメンバーは、僕とは学年は同じだがクラスはバラバラ。顔は見たことはあるものの名前までは知らないという程度の関係だった。
屋敷に到着すると、メンバーの中でもチャラめの男子が――彼が今回の肝試しの言い出しっぺだという――、「イケるイケる〜」と先陣を切って門をくぐっていく。流されるままに他の参加者もぞろぞろと続いていく。
僕は才吾とともに集団の最後尾のポジションをキープしていた。
「いまさらだけどここ、勝手に入って大丈夫なのか……?」
屋敷の前まで来てなお僕が気後れしていると、才吾は肩をすくめ、
「まあ、褒められたもんではないわな」
と、悪びれもせずに言う。
「ぶっちゃけ俺もさ、あんま真剣になれんよね今回の企画」
「そうなのか?」
「だいたいの発端が、先頭のアイツが女子にいい格好しようとして言い出したことだしな」
「それ、言っちゃっていいのか」
「いいんだよ。どうせ俺らは賑やかしの数合わせみたいなもんなんだから、テキトーにやってれば」
と言って、才吾は他の生徒たちと並んで屋敷の中へ入っていく。
なんとなく居心地の悪さを覚えつつも、僕も後を追った。
(三)
「おっじゃましまーっす……」
先頭のチャラい男子が玄関の格子戸に手をかけると、ガラガラと音を立てて引き戸は呆気なく開いた。
全員、懐中電灯を手にして土足のまま屋敷に上がり込む。
玄関からは長い板敷きの廊下がまっすぐに伸びていて、僕たちは自然と一列で進むことになった。
「なんだ。古い屋敷って聞いてた割には、全然キレイじゃん」
二番手を歩いていた男子が、周囲を懐中電灯で照らしながら言う。
それに続いた三番手の女子が怪訝な顔をして周囲を窺う。
「でも、ちょっとキレイ過ぎない? ホントに空き家なんだよね?」
「あー……、うん、そのはずだけど」
「えっ、なに。そこ確認してない感じ?」
「い、いやいやいや! そんなわけないだろ。ちゃんと空き家だって」
「え〜? それ、信じていいんだよね?」
「なんだよお前、ビビってんのか?」
「だーから、そーゆー問題じゃなくて!」
列の前のほうの二、三人でそんなことを言い合いながらも、一行は廊下を進んでいく。
(なんだなんだ。ここでケンカはやめてくれよ)
僕は後方でその様子を静観していた。
一方、才吾はもう一人のほうの女子と「結構雰囲気あるね」などと話している。抜け目ない奴だ。
(でも、確かにキレイだよな……)
僕は会話の輪に加わらずに、一人で屋敷を観察していた。見た限り、屋敷に荒らされたような形跡は見られなかった。どこかがあからさまに壊れていたり、壁に落書きがされていたりということもない。
長いこと空き家になっているとは、とても信じられなかった。
(四)
「じゃあ、さっそく最初の部屋、行っちゃいますか!」
チャラい男子が大げさにそう宣言して、玄関から入って最初に見つけた引き戸を勢いよく開けた。
その先にあったのは、意外にも洋風の客間だった。大きなソファや木製のテーブル、ゴテゴテした照明器具などの豪華な調度品を備えた室内。全体が和風のこの屋敷にあって、いかにも来客用の部屋という感じがした。
「家具とかそのまんまなんだねー」
「うわっ、この机とかめっちゃ高そう。売ったらいくらくらいすんだろ」
しかし、「怪談屋敷」の呼び名にふさわしい不気味なグッズは特に見当たらず、一行は部屋にあった調度品の豪華さなどの話題で盛り上がった。盛り上がっているうちに、先ほどケンカもいつのまにか沈静化していた。
次に入った部屋は、おそらく居間だった。客間とは変わって簡素かつ落ち着いた雰囲気で、家族の私的な空間という印象を強く受けた。
居間の隣は、どうやら食堂と台所になっているようだ。居間の向かい側は、風呂場、そしてトイレ。
それらの部屋を挟んで廊下はさらに奥へと続いていた。
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