にいさま、もーっと怖い話をしましょう⑪


「これは――――……」


 これは、僕の話じゃないか。

 小説を最後まで読んで、僕は愕然とした。

 どうして僕の身に起こったことが小説になっているんだ。

 いや、その前にまずこれは本当にあった話なのか。

 それとも全部まったくの作り話なのか。

 または、これはあまり考えたくないが……誰かがひそかに僕のことを観察して書いた話なのか。

 あるいは、もっと想像をたくましくすると、この屋敷で起こったことは自動的にすべて怪談として記録されてしまうことになっていて、知らないうちに僕もこうして物語化されてしまっていた、とか……。


 いずれにせよ、僕の記憶はやはり曖昧なままだ。

 それは、自分が主人公の小説を読み終えたいまでも変わらない。


 この小説のようなことが実際にあったような気もするし、なかったような気もする。いまここにいる僕は才吾さいごを肝試しで死なせてしまったと思っているが、この小説の中では明確に才吾が死んだとは書かれていない。


 まあ、いまさらこの屋敷で何が起こってもおかしくはないし、その理屈や仕組みを考えても仕方ないとは思うが。あまりそこは悩まないほうがいいのかもしれない。

 しかし。

 ここに書かれていることが事実だとしても――、なお不思議は残る。


 あの妹だ。

 あの妹のことだけが不可解だ。

 僕がこの屋敷に引っ越して来たとき、妹はあたかも僕を以前から知っているかのように出迎えた。だが、屋敷の記録を見ても、この小説を読んでも、妹と僕が出会ったような記述は見つからなかった。

 もちろん、僕の記憶にもあの妹との思い出などない。


 では、なぜ。


 そうだ。

 僕には妹に出会った記憶がない。思い出がない。

 僕はただ、肝試しに行って、それで……。

 それでどうしたんだっけ。


 ああ、そうか。


 僕は本を見つけたのだ。

 そう、僕が見つけたのは書きかけの怪談集。

 ただそれだけ。

 ということは。

 つまり……、あの妹は。

 妹の正体は――――……、




「――――にいさま、何か分かりましたか?」




 前触れなく、妹が背後の暗闇から問いかける。

 ヌッと音もなく現れる妹。しかし、さすがにもう驚かない。


「ああ――、分かったよ」


 僕は確信を込めて答える。

 すると、


「あら」


 と、ごく短い返事があった。

 そこにははっきりと驚きの感情が含まれていた。

 僕が振り向くと、赤い着物姿の妹が目を丸くして僕を見つめていた。


「分かったとはにいさま、いったい何が分かったのですか?」

「全部だよ」

「全部、とは?」

「全部は全部さ。この屋敷のことも、妹のことも、僕のことも――、何もかも」


 ふわっと、僕と妹の間を夜風が吹き抜けた。

 風の中にわずかに朝露のにおいが混じる。

 夜明けが近い。

 僕はぐっとツバを飲み込み、少し躊躇ためらった後、口を開く。


「きみの正体は――――」



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