にいさま、もーっと怖い話をしましょう⑤


 歴代当主の残した日記。

 そこに書かれていたのは、それぞれの代の怪談屋敷当主自身の述懐だ。

 その日の天気。

 何を食べたのか。

 誰が訪問してきたのか。

 屋敷の使用人の様子などなど……。

 そういう一見すると雑多な記録の中にこそ、いまの僕が求めている答えがあるような気がしたのだ。


 日記帳の大半は、書斎の隅に追いやられるようにして机の引き出しの中にしまい込まれていた。僕はその何冊かを取り出し、パラパラとめくっていった。

 以下はそれらいくつかの日記の抜き書きになる……。



 ――――――――――――――――

 ―――――――…………

 …………




 ■月■日 晴

 終日、書き物をして過ごす




 ■月■日 晴

 幽霊にうたといふ人の話を聞く(別稿に記す)



 ■月■日 曇

 朝から来客アリ

 饅頭をドツサリ貰つたので家の者で取り分けて食べる



 ■月■日 晴

 註文ちゅうもんして居たお化けの本が届く

 早速熟読す



 ■月■日 曇

 終日、書き物をして過ごす




 ―――――――…………

 ――………………




 ■月■日 雨

 日没を待つて怪談会を始める

 参加者三十六名、前回ヨリまた減じる



 ■月■日 雨

 夕から嵐になる

 家の中が五月蠅うるさくなる


 

 ■月■日 曇、雨

 終日、書き物をして過ごす


 

 ■月■日 晴

 終日、書き物をして過ごす




 …………

 ―――――――……

 ―――――――――――――――

 





 日記は基本的にどれも、淡々とした日々の日常をつづっていた。

 しかし、冊数を重ね、当主が代替わりすると、日記の中身は次第に途切れ途切れになっていく……。





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 ―――――――……

 …………




 ■月■日

 今日、使用人がまた一人辞めた



 ■月■日




 ■月■日

 朝から雨、ひるから雷雨になる

 雨漏りが非道ひど

 修繕しいが金が無い



 ■月■日




 ■月■日




 ■月■日

 特に無し



 ■月■日

 特に無し



 ■月■日




 ―――――――――……

 ――………………




 ■月■日

 また土地を売る事になつた



 ■月■日

 特に無し



 ■月■日

 家財をいくらか売り払う



 ■月■日




 ■月■日




 ■月■日

 特に無し



 ■月■日




 ■月■日

 久し振りに怪談会を催す

 馴染なじみの顔が集まつて明朝まで語らう

 もうぐかういう事も出来無くなるだらう



 ■月■日

 特に無し



 ■月■日




 ■月■日




 ――…………

 ――――――……

 ―――――――――――――





 日記からは少しずつ衰退していく怪談屋敷の過程が垣間見えた。

 土地や家財を売ったという話。雨漏りが直せないという話。以前のように怪談会が出来なくなるだろうという話。

 短い文章の端々から怪談屋敷当主の苦悩や悲哀が伝わってくるようだった。

 僕は深く息を吐く。


「昔のことだと分かってても、こうして読むとちょっと切なくなるよな……」


 そして最後に、部屋に残されていた日記帳の中でも見た目が一番新しそうなものを開いてみて……僕は少しばかりギョッとしてしまった。

 と言っても、別に一目見てビックリするような落書きがあったとか、突然サイコパスの殺人鬼の独白が書きつらねてあったとか、そういうことではない。


 最後の日記の書き手は、明らかにこの屋敷の当主ではなかった。誰かが当主の代筆をしていたというのでもなく、文章の印象も書き手の視点も、他の日記とはまったく異質なものだったのだ。

 それが、次の手記だ……。





 ―――――――――――

 ―――――……




 ■月■日

 にいさまのやうに妹の私も日記を書きませう



 ■月■日

 午後 私がにいさまのお部屋に行くとにいさまは書き懸けの原稿用紙を机に放つたまま居眠りをして居た

 私が部屋に入るとハッと目醒めてまた書き物を始めて居た



 ■月■日

 今日はヨソから大人が一杯いっぱい来て皆で何か話し合つて居るやうでした

 にいさまは一日中バタバタと忙しさうにして居た





 ―――――――……

 ――…………




 ■月■日

 にいさまは私にかまつて下さらない

 お仕事が忙しいさうです

 最近は毎度の食事もほとんど召し上がつていない様です



 ■月■日

 にいさまは書き物ばかりしていてツマラナイ



 ■月■日




 ■月■日

 今日は町へお出掛け

 でもにいさまは居ない




 ――――――…………

 ――………………




 ■月■日

 午後 家にお医者様がいらつしやいました

 の頃のにいさまはあまり体調がく無い様です



 ■月■日




 ■月■日

 にいさまは今日もお部屋にこもつて居る



 ■月■日

 にいさまは今日もお部屋にこもつて居る



 ■月■日

 今日はお手伝いさんが一人辞めて仕舞しまいました




 ――――…………

 ………………




 ■月■日

 にいさまが居ない



 ■月■日

 にいさまが居ない



 ■月■日




 ■月■日

 にいさまが居ない



 ■月■日




 ■月■日




 ■月■日




 ■月■日

 この家はもうおしまいださうです





(この日以降、しばらく空白のページが続き、再び文章が書かれるのは数か月後)





 ■月■日

    あ



 ■月■日

         にいさま



 ■月■日




 ■月■日




 ■月■日

    ダレもいない




 ■月■日

   …………








 七月■日

 気がつくと、私は一人になつていました





 …………

 ―――――――……

 ―――――――――――――――




 ……そこで手記は終わっていた。



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