にいさま、もーっと怖い話をしましょう③


 目的の書斎に入ると、大量の蔵書がぎっしりと保管されていた。

 壁は出入り口の扉を除いて全面が書棚。そのすべてに隙間なく書物が並べられている。さらには、造りつけの壁棚の前には大小の棚や箱があって、そのどれにも書物が詰められている。それでも棚に収まりきらなかった書物が、床に所狭しと積み上げられていた。


 なかなか圧巻の眺めだ。


 一歩室内に足を踏み入れると、昔ながらの古本屋に入ったときのような独特のニオイ……インクのかおりとカビ臭さが部屋中に充満していた。部屋の大部分はホコリを被っていたが、雑然としたそのさまはまるで、つい最近まで誰かが作業中だったかのようでもあった。


 僕は手がかりを探すべく、さっそく棚という棚を端から順番に漁っていった。








 書斎に保管されていたのは予想通り、大半が怪談奇談にまつわる書物だった。物語や記録だけでなく、手紙や写真、新聞や雑誌とそれに付随する広告等の切れ端、郷土の歴史に関する本や、自費本のようなものもあった。


 もちろんそのすべてが古書だ。しかしその新旧のレベルには差があり、図書館で見かけるような比較的新しめな本も含まれている一方で、タイトルも読めないようなボロボロの和綴じ本もある。


 僕は書斎の奥にあった書見台に陣取り、この屋敷に関係しそうなもの、僕でもすぐに読めそうなものから手当たり次第に当たっていった。


 把握するのに手間取ったのはおびただしい枚数の手書きの原稿だった。

 ペンや鉛筆で書かれた生の原稿。筆書きで和紙に書かれたものもある。バラバラの時代に書かれた手記が、バラバラの書類の山となって積まれていたのだ。


 その中のいくつかを拾って読み比べてみると、同じ内容の文章が複数の原稿に重複していることに気づく。


 つまんだだけで崩れてしまいそうなほどに古びたノート。江戸時代の当主が残した記録を活字にした翻刻本。筆文字の文章を同じページにペン字で書き起こした下書き……。どうやら古い時代に手書きで書かれた草稿類を、のちの時代に別に新しく書き写し、装丁したり仕立て直したりしていっていた結果が、この本と原稿の山の一部となっているということらしい。


 それらは、怪談にとり憑かれた記録魔たちの生きた証しそのものだった。



 あまり時間はかけられなかった。

 判読不能な文字は読み飛ばす。


 古すぎるものはどうせ読めない。

 目が滑った部分は思い切って無視する。

 とにかく目に付いた文章を読み込んでいく。


 そして、急ぎながらも量をこなしていくと、この屋敷の代々の当主がなぜこんなにも怪談を集めてきたのか、その理由がおぼろげながら分かってきた。








 記録によると――――、


 怪談屋敷に住んでいた人々は、元はとある戦国大名に仕える御伽衆おとぎしゅうの一族だったという――御伽衆というのは、昔、殿様の側で武勇譚や怪談などのいろいろな物語を披露した役職のことをそう呼ぶらしい――。


 しかし一族は、あるとき主君のお家騒動に巻き込まれて土地を追われてしまう。そして、流れ流れて現在の地に住み着いた。

 やがて一族はこの土地の地主の地位を得ていくことになるのだが……、初代当主は御伽衆としての仕事を忘れたわけではなかった。


 一族がこの土地に住み着いてしばらくした頃、当主がこんなことを言い出した。


 ――この地には人々を守り導くヌシがいない。

 ――この地はおそろしきものに脅かされている。

 ――不在のヌシに代わっておそろしきものを除くまじないが必要だ。


 ここで言う「ヌシ」というのは、土地を守護する神様のような存在のことだという(という注釈が僕が読んだ手記には書いてあった)。そして、当主が提案した「おそろしきものを除くまじない」が、この屋敷に「おそろしきはなし」……つまり怪談を集めることだった。


 「おそろしきもの」に対抗するために、より「おそろしきはなし」を集める。

 そして、この屋敷では定期的に百物語の会が開催され、怪談にまつわる書物や品々が蒐集されていった――――……。



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