にいさま、もーっと怖い話をしましょう②
『――――ねえ、もう忘れちゃったの?』
声の主の姿は見えない。しかし、それは恐怖を喚起するものでも、気味の悪いものでもなく、まるで教室でクラスメイトに話しかけるような親しげな声音で――、
『――いろいろ教えてあげたよね、怪談屋敷の噂のこと』
『――放課後にこの町もあちこち案内して見て回ったよね』
『――転校生のあなたは学校のこともこの町のことも、なんにも知らなくて』
『――ふふっ』
『――私はあなたと話していて結構楽しかったんだけどなあ……』
『――ほら、私の妹を探すのを手伝ってくれるって約束もしたよね』
『――それなのに』
『――あなたは忘れちゃったの?』
『――本当に全部忘れちゃったの?』
『――あのとき一緒に怖い話をしようって、そう言ってくれたのに……』
あのとき?
あのときっていつだ?
思い出せないけど、どうしてだろう、何か忘れてはいけない大切なことを忘れてしまっているような……。
しかし問いただす間もなく、声の気配はそのまま闇に呑み込まれるかのようにスウッと消えていってしまった。
あとには、ただ無音の廊下が続いている。
しばし茫然とする。いま聞こえていた声が夢なのか現実なのか、僕には判断がつかなかった。が、廊下に立ち尽くす僕の頭には、声の言っていたひとつの言葉が消えずに残っていた。
――――『怪談屋敷』。
そうだ。
この屋敷は町の人から「怪談屋敷」と、そう呼ばれていたのだ。
曰く、代々の屋敷の当主は怪談にまつわる品々を集めていた。
曰く、代々の屋敷の当主は定期的に地元の人たちを集めて怪談会を開いていた。
だから、怪談屋敷。
そういうふうに呼ばれているのだと。
それだけではない。
曰く、怪談屋敷の蒐集品は単なる趣味のためではなくこの町を守るために集められていた。
曰く、怪談屋敷は怪談を集めることでこの町の守り神的な役割を担っていた。
そういう逸話があったのではなかったか――。
後輩は言っていた。
この町には「神様がいない」のだと。
だから自分が代わりに守るのだと。
神様がいない町で、町を守るために集められていた怪談奇談と怪奇な蒐集品。代々集められたというその品々はきっと膨大な量になっていたことだろう。
だとすると、屋敷に誰も住む人がいなくなったいまでも、集められた怪奇コレクションはこの屋敷のどこかに眠っていたりはしないだろうか。その中には、いま起こっている出来事についてのヒント……とまではいかなくとも、解決の糸口のようなものくらいは見つけられるのではないだろうか。
とするならば、屋敷の中でそういう書物や物品が保管されているであろう場所を探せば、あるいは……。
しかし、
「でも、これってかなりいまさらじゃないか……?」
僕は誰に向けるでもなくつぶやく。
これだけ広くて古い屋敷なのだ。たとえ怪奇な蒐集品の類の件を抜きにしても、怪談に関係のありそうな書物の一冊や二冊、あってもおかしくはない。仮にこの屋敷について情報ゼロの状態でも、それくらいのことはすぐに想像がつくだろう。
ましてや、僕はずっと怪談小説を書くのに悩んでいたのだ。小説のネタになりそうな本がないか家の中を探してみる……なんていうのは、小説のアイデアを練る際に真っ先に思いついてもよさそうな方法だ。
しかし、僕はそういうことにまったく思い当たらなかった。
不自然なことは他にもある。
この屋敷に来てから今日に至るまで、屋敷の中で僕が妹以外の人間の姿を見ることはなかった。にもかかわらず、僕はいまのいままでそのことを疑問に思わなかった。正確には、最初の頃は戸惑いや驚きを感じていたはずだが、いつしかこの屋敷の環境に慣れてしまっていた。
もしかすると、僕は何かを重大なことを見落としているのではないか。
いや……あえて見落とすように誘導されていたのかもしれない。
他ならぬ――、あの妹によって。
ならば、その隠されていたところにこそ現状を打開する何かがあるのではないか。
確信はなかった。
むしろ自分から袋小路に飛び込んでしまう危険もあった。
しかし、他に当てはない。
「……よし」
僕は覚悟を決めると、手始めにこの屋敷でもっとも本や古いものがしまってありそうな部屋――書斎を探ってみることにした。
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