にいさま、進捗はどうですか?⑫


「それでですね、そのヒロインが……」


 電車に乗って移動中、後輩は最近見た恋愛映画について語っていた。僕は楽しそうに語る後輩の話を相槌を打ちながら聞いていた。怪談フリークの妹とは違い、後輩の好みはもっぱらコメディ系のようだった。


「――という感じの映画だったんですよ」

「なるほど。それは面白そうなだな」

「そうなんですよ! 私のオススメです!」

「あー……、後輩は映画、好きなのか?」

「ええまあ、人並みですけど」

「そうか。じゃあ今度、一緒に見に行くっていうのはどうかな?」

「えぇっ!?」


 後輩は慌てた様子で目を丸くした。

 ……何かおかしなことを言っただろうか。


「あの……それってもしかしなくても、私と先輩の二人きりで映画に行く、ということですよね?」

「そのつもりで言ったけど」


 僕が応じると、後輩は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。


「あの、先輩……」

「何だ?」

「いえ。やっぱりなんでもありません」

「そっか?」

「はい……」


 再び沈黙が訪れる。

 どうも会話が続きそうで続かないな……。

 そんなことをしているうちに、電車は目的の駅へと到着した。







「先輩! はやくはやく!」


 僕と後輩は駅近くの水族館にやって来ていた。

 休日ということもあり、水族館は大勢の人で賑わっていた。

 僕たちはチケットを購入し、さっそく中に入った。


「先輩、最初はどこから見て行きましょうか?」

「そうだな。とりあえず順路通りに回ってみるか」


 僕たちは二人並んで館内を進み始めた。


「おっ、これは見たことないな……」

「かわいいですね」


 水槽の中にいる魚たちを眺めながら、なんてことない会話を交わす。

 そして、いくつかの展示を過ぎたところで後輩がふと思い出したように、


「……ところで先輩」

「ん? なんだ?」

「その、小説のほうは……ちゃんと完成したってことでいいんですよね?」

「ああ、おかげさまで無事完成したよ」

「おーっ、おめでとうございます!」

「結局締め切りギリギリになっちゃったけどな。明日にでも部室に行ったときに見せるよ」

「はい、楽しみにしています!」


 後輩はまるで自分のことのように喜んでくれる。

 普段は文句も多い奴だが、待っている読者がいるというのは嬉しいものだ。


「でも、完成まで妹にはメタメタにダメ出しをされてさ。最初に書いていたものとはだいぶ違うものになったかな」

「じゃあ、部室で言っていたお化け屋敷の話とは違うお話ってことですか?」

「いや、基本的なところは変わらないんだけど……そこは、読んでもらえれば分かるよ」

「それはますます楽しみですね!」

「だけどまあ、何て言うのかな……」

「なんですか?」

「うん。こうして一本作品を書き上げると気持ちも変わるっていうか……、妹の言うことも一理あるかと思ってさ。いまは反省を生かすべく、さっそく次の作品に取りかかっているんだ」

「そうですか……。でもあまり無理はしないでくださいね。私でよければいつでも相談に乗りますから」


 後輩は柔和に微笑む。


「そ、そっか。ありがとな」


 僕は照れ臭くなり、頬を掻いた。

 いつもの部活では後輩からはツッコミを受けてばかりなのでなんだか調子が狂う。







「つ、次はどこを見ようか?」

「そうですね……。あ、あれなんてどうでしょう?」


 後輩が指差したのは巨大な円柱型の水槽だった。


「あれか。お、うわあ、すごいな……」


 目の前に広がる光景に圧倒される。

 そこには色とりどりの小魚の大群が泳いでいた。

 まるで宝石箱をひっくり返したかのような美しさだった。


「きれい……」


 後輩も目を輝かせている。


「そうだな……」


 しばらく二人で水槽を見つめていた。

 その後もイルカショーを見たりクラゲの展示を見学したりと、二人で水族館を満喫し尽くしたのだった。

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