にいさま、進捗はどうですか?⑪



「出来た。やっと完成した……」


 さらに一週間が経過した週末――土曜日の朝のことだった。

 僕は夜通しかけて書き直したばかりの小説を印刷し、妹のいる居間へと向かった。


「おっ、起きてるな。おはよう、妹よ」

「あらにいさま、おはようございます。こんな朝早くからどうしましたか?」

「何も言わずにこれを読んでほしい」


 妹は僕から原稿を受け取ると、静かに目を通し始めた。

 そして最後まで読み終えたところで、小さく息を吐く。


「そうですね。にいさまにしてはよく書けているかと思いますよ」

「ほ、ホントか?」

「ええ、本当ですとも」

「そっか、よかった……」


 あの怪談に関してはスパルタな妹からの賛辞。

 素直にうれしい。


「ですが……まだまだです」

「……え?」

「よろしいですかにいさま。これで満足していてはいけません。より強大な恐怖に備えるために、にいさまにはもっともーっと頑張っていただかないと」

「そ、そうか……」


 どうやら僕の怪談小説の道はまだ始まったばかりのようだ。


「はい。ですから、これからも期待してますね、にいさま!」


 





 その次の日。

 七月半ばの日曜日だった。

 僕は早起きして身支度を整えた後、家を出た。

 山を下りて、田舎道を突っ切り、徒歩で待ち合わせ場所へと向かう。


「暑い……」


 思わず声に出してしまうほどに暑かった。

 まだ午前中だというのに、気温は三十度超え。

 アスファルトからは陽炎が立ち上り、町の景色全体がゆらゆらと揺れている。


「あ、先輩。こっちです!」


 駅前に着くと、すでに後輩が待っていた。

 彼女はこちらの姿を確認するなり、手を振ってきた。

 今日の後輩の服装はシンプルな白いワンピースだった。


「悪い、待たせたか?」

「いえ、私もいま来たところなので」

「そうか」


 まるでデートみたいなやり取りだと思った。


「じゃあ行きましょうか」

「ああ」


 僕たちは並んで歩き出した。


「それにしても、すごい暑さですね」

「ああ、マジで暑いな」

「この調子だとすぐに汗だくになっちゃいますね」

「だな……」

「……」

「……」


 しばし沈黙が流れる。


「あの、先輩!」

「な、なんだ?」

「えっと……、本当に暑いですよね……」

「あ、ああ、ホントにな……」

「……」

「……」


 どうも今日は会話が続かない。後輩もなんだか言葉少なだし……。

 僕は気まずさに耐えかねて空を見上げた。

 真っ青な空に入道雲がもくもくとそびえ立っている。

 季節は真夏に突入しようとしているようだった。

 これはもっと暑くなりそうだな……。



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