にいさま、進捗はどうですか?⑩


「何もないじゃないか」

「まあ、そういう神社ですからね」

「どういうことだ?」

「ここで祀られているのはですね、神様じゃないんです」

「え?」


 神様じゃない?

 じゃあいったい何が祀られてるっていうんだ?


「先輩、この町には神様がいないんですよ」

「神様が、いない……?」

「今日は先輩にそのことを知っておいてもらいたかったんです」

「どういうことだ……?」


 地方の土着の宗教がどうとか民間信仰云々とか、そういう話か?

 しかし、後輩の口ぶりからはそれ以上の何かがあるようにも感じられる。


「神様がいないということはですね、ここを守るものがいないってことなんですよ、先輩」

「いや、全然分からんが……」

「分からなくても構いませんよ、いまは、まだ……」


 そう言って後輩は何か思い詰めたような面持ちで顔を伏せた。







「まだってなんだよ」

「いいんです。何も聞かないでください」

「……何があったのか知らないけど、お前はそれでいいのか?」

「いいんです。……今日は先輩がなんだか落ち込んでいるみたいだったので、勢いでここまで来てしまいましたけど……やっぱり迷惑でしたよね。先輩はどうか気にしないでください」

「迷惑なもんか。後輩は僕の相談にずっと付き合ってくれたじゃないか。言いたいことがあるならはっきり言ってくれよ」

「だからいいんですっ!」

「よくないだろ!」


 僕は目をそらそうとする後輩の肩を摑むと、強引にこちらに顔を向けさせた。


「せ、せせせ先輩⁉」

「なあ、ここまで来ておいて何もないってことはないだろ。何を悩んでるんだ? そんなに言いにくいことなのか? そりゃあ、僕なんかじゃ頼りないかもしれないけど……これでも同じ部活の先輩なんだ。直接は何も出来なくても、一緒に考えることくらいは出来るんじゃないか?」

「い、いえ……そういうお話では! ないんですケド!」

「じゃあ、なんなんだ。僕だとダメな話なのか⁉」

「ふええっ、せ、先輩っ! ちょっと! 顔が近いですよ!」

「あっ、わ、悪い」







 思わず力が入り過ぎていたようだ。

 僕が離れると、後輩はまたうつむき気味になってしまう。

 そして、何やらもじもじとしながら、


「その、先輩のお気持ちはうれしいんですけども……すぐにお話しできるようなことでもなくてですね……」

「そうなのか?」

「はい……ですからその……」

「うん」

「この町には人々を守ってくれるはずの神様がいないんです……」

「それはさっきも聞いたが」

「ああ、えと、ううう……」


 後輩の口調はいつになくたどたどしかった。

 こんなにしおらしい後輩ははじめて見る。

 会話の立ち位置もなんだかいつもとは正反対だ。


「ああーっ! まあ、とにかく! 今日のところはそれだけ覚えてもらえればいいんで!」


 後輩は突然それだけ叫ぶように言うと、


「え、でも、お前……」

「さあ先輩、今日はもう帰りましょう!」


 くるりと身を翻し、つかつかと元来た道を戻っていく。

 仕方なく僕も後輩に続いて誰もいない参道を小走りに駆け抜けた。

 その後はさらに何かが起こることもなく、無事に山の麓へ出た。ちょうど見覚えのある町の景色が見えてきたところで振り返ってみたが、さっきまで無限に続いているかと思われたあの石畳の道も、無人の屋台の列も、すでにどこにも見つけることは出来なくなっていた。


(なんだったんだ……?)


 僕は首を傾げたが、


「……あの、先輩」


 浴衣ゆかたの後輩が何か言いたげな顔をしているのに気づく。


「ん? どうした?」

「その……いま書いてる原稿が完成したら、また今日みたいに私とお出かけしてくれませんか?」

「うん? 別にいいけど」

「ホントですか!?」

「え、ああ。それくらい構わないよ。早くても来週以降になりそうだけど」

「はい! 私、待ってます!」

「あ、ああ……」

「先輩、約束ですからね!」


 喰い気味に迫る後輩はテンション高めで、心なしか頬もやや紅潮して見えた。どうしてこいつがそこまで僕の小説の完成を待ち望んでいるのかは分からないが、僕がいままで後輩を散々待たせ続けてきたのも事実だ。その記念というかお礼というか、打ち上げイベント的なことをやるのもいいかもしれない。

 そして、その日はなぜかすっかりご機嫌になった後輩を見送り、僕も帰路に就いたのだった。





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