にいさま、進捗はどうですか?⑨


「じゃじゃーん! どうですか先輩?」


 屋敷を出て山の麓まで下りて行くと、スマホでやり取りした通り後輩が一人で僕のことを待ち構えていた。

 しかし。

 そこにいた後輩は、いつもの学校の制服でもなければ普通の私服でもなく――シックな藍色の浴衣ゆかたに黒塗りの下駄、短い髪を櫛でまとめた華やかなスタイルで……、


「……って、お前、どうしたんだよ、その格好」

「どうしたとは心外ですね。お祭りですよお祭り! ねえ、先輩!」

「お祭り? お祭りってなんだ?」

「何を言ってるんですか先輩、今夜はこの町のお祭りですよ!」

「え、そうなのか?」

「いまさらどうしたんですか。前からそう言ってたじゃないですか」

「そうだっけ?」

「そうですよ」


 そうだったろうか。

 しかしなるほど、お祭りか……。

 確かに気分転換には悪くない提案かもしれない。


「決まりですね」


 そう言うと後輩は僕の腕を引っ張って歩き出す。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ」

「ふふっ、待ちませーん」

「どうせここまで来たならうちに上がっていけばいいのに」

「それは遠慮しておきます」

「なんで」

「……先輩は私とお出かけするのイヤですか?」

「そういうわけじゃないけど」

「ならいいじゃないですか。ねっ、先輩?」


 後輩は僕を振り仰いで楽しそうに笑う。

 その笑顔を見ると、なぜかそれ以上反論しようという気は失せてしまった。

 結局、僕は言われるがままに後輩の後を追うのだった。







 昼下がり。

 町外れの道は静まり返っていた。

 およそ人が住んでいるとは信じられない。

 たまに自動車が通ると逆にびっくりしてしまうような閑散とした田舎道だ。

 一般の住宅はおろか、神社や寺もろくにない風景が続く。


 後輩はお祭りと言ってたが……はて、この近くでお祭りをやるような場所などあっただろうか? 神社も公民館もないのにどこで? 

 そんな疑問を抱いているうちに、道路は舗装も途切れ途切れな砂利道になっていき、まばらな民家は雑木林の向こうに消え、砂利道は石畳へと変わり――どうやらそれは神社の参道のようだった――そして気づくと、道の両側にはずらりといくつもの出店でみせが並んでいた。


 射的、くじ、わたあめ、かき氷、お面、金魚すくい、ヨーヨー釣り、焼きそば、タコ焼き、お好み焼き、チョコバナナ、りんご飴、型抜き、輪投げ、風車……さまざまな種類の出店が所狭しと揃っている。


 しかし――そこに人の姿はなかった。


 どの店も無人だった。

 それどころか、僕たち以外に道を歩く人もいない。

 代わりにどこからか太鼓や笛の音ばかりが陽気に鳴り響いていた。


「あれ? 誰もいないじゃないか」

「ええ、みんな出払っているみたいですね」

「そうなのか?」

「はい」

「お祭りなのに?」

「きっとみんないろいろ忙しいんですよ」







 僕は後輩の言うことに違和感を覚えた。

 こんな過疎の田舎町の小さな祭りだ。おまけにまだ時間帯も早い。大して人が集まっていなかったとしても、それほどおかしくはないのかもしれない。

 しかし、だとしてもこれは……。

 僕は辺りを見渡す。

 やはり誰もいなかった。

 カラフルな提灯の灯りが宙ぶらりんに連なっている。

 絶えず祭囃子のような音楽が流れているので無音ではないのだが、人がまったくいないために、場は静寂に近い雰囲気に満ちていた。誰もいないお祭り。この参道はどこまで行っても、僕と後輩の二人だけしかいないのではないか――ついそう思ってしまうような異様な光景が広がっていた。


「先輩、どうしたんですか?」

「いや……」


 僕はハッとして首を横に振った。


「おかしな先輩ですねえ。ほら、先輩。早く行きましょう」

「あ、ああ……」


 無数の提灯に照らされた石畳の道が延々と続いている。

 その一見して賑やかな一本道を僕は後輩と並んで歩く。

 不思議な体験だった。自分の体が自分のものではないような感覚がある。まるで他人の体を乗っ取っているかのような奇妙な感じだ。

 それでも、不快だとか嫌だとかいう気持ちはなかった。

 むしろ僕はこの時間を楽しんでいた。そのときの僕には、後輩と一緒にいることが、やけに楽しく感じられたのだ。







「先輩、ちょっとおまいりしていきませんか? せっかくここまで来たのですし」

「え? お詣り?」

「駄目ですか?」

「別にいいけど……」

「やった」


 後輩は小さくガッツポーズをして「さっ、こっちですよ!」と待ちきれない様子で僕の腕を引く。


「わ、分かった! 分かったから、そうせっつくなって!」

「ふふっ。せんぱーい、はーやーくー」


 僕は後輩に連れられて参道の奥へと歩いていく。

 カランコロンと後輩の下駄の音が足元で軽やかに響く。

 やがて、出店の並ぶ道の先に大きな鳥居が現れた。

 後輩は慣れた様子でそれをくぐっていく。そのまま二人で鳥居の内側へと足を踏み入れる。

 そこは広々とした真っ平らな場所だった。

 神社の境内かと思ったが、ただ苔むした石畳が敷き詰められているだけで、普通の神社にあるであろう社殿や手水鉢ちょうずばちといった建造物は一切見当たらない。

 こんなところでお詣り……?




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