先輩、楽しい話をしましょう⑤



 そして、後輩の後を追って校内を横断している途中のことだった。

 ちょうど昇降口手前のエントランスホールを通りかかったとき。

 廊下の少し先の辺りから、僕を呼ぶ声がした。

 振り返ると、廊下の逆光の中に髪の長い女子生徒が立っているのが見えた。

 それは、僕のよく知っている人物――文芸部部長の夜見嶋よみしま先輩だった。


「あれ、先輩。どうしたんですか?」

「――きみ、私の原稿は読んでくれたかい?」

「え?」

「原稿だよ。昨日渡しただろう?」


 夜見嶋先輩はなぜか廊下の真ん中に突っ立ったまま、少し離れた位置からこちらに語りかけてくる。

 放課後の校舎。

 廊下の照明は消えていた。

 外から射し込む光が廊下の樹脂に反射してぬらぬらとした輝きを放っている。微妙に距離があるためか、僕のいるところからは先輩の姿は影のようになってしまい、その表情までは見ることが出来ない。






「原稿ですか? ええと、はい、あれですよね。いま読んでますよ。まだ途中ですけど……」


 そういえばそうだった。

 僕は昨日、いつものように夜見嶋先輩の書き上げた作品を渡され、いつものようにその評価を求められていたのだった。

 確か今回の作品は、長編のハーレムラノベだったはずだ。主人公の男子が何人もの女子に囲まれるが、全員から一方的な好意を向けられて困惑する、みたいな内容の。

 ……ああ、だからさっきあんな夢を見たのかと、僕はおぼろげになりつつある夢の記憶に勝手に整合性をつけた。


「早く読んでくれよ。そして感想を聞かせてくれ」

「そうですね。全部読んだら、すぐにでも。なんなら今夜のうちにメールとかで……」

「いや、是非きみの口から直接聞きたいな」

「あっ、そうですか? じゃあ、明日は部室に行きますよ」

「きっとだよ」

「あっ、ちょっと待ってください。ホントに途中まではちゃんと読んだんですよ。原稿も持ってます。いまバッグの中に……」


 と、僕が先輩の原稿を取り出して顔を上げると、すでに先輩はいなくなっていた。



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