先輩、楽しい話をしましょう④



 後輩に促されて、僕はようやく立ち上がった。

 まだ身体が完全に覚醒しきっていないのか、立ち上がった瞬間に軽くふらつきを覚えた。が、両足に力を込めてどうにかバランスをとる。

 うん、大丈夫だ。

 あまり後輩に情けないところを見せるわけにもいかない。


「だいたい、中庭で待ってるって言ったのは先輩のほうじゃないですか」

「そうだっけ……」

「そうですよ。ここなら絶対に間違うこともないからって」

「あー、そう言われるとそうだったかも」


 高校の中庭。

 カラータイルが敷き詰められたこの場所は、決して広い空間ではない。

 いくらかの花や樹木が植えられているが、詰め込まれた箱庭のような外観は華やかさとは程遠い。四方を校舎に囲まれ、切り取られて見える空は井戸の底からの眺めのようだ。むしろ閉塞感がある。

 どことなくじめっとした雰囲気があるためか、生徒たちもあまり寄りつかない。

 現にいまも後輩の他に誰かが来る気配はない。


 しかし、僕はこの場所に不思議と親近感があった。

 特に理由はない。

 ……ないと思う。

 とにかく転校してきてまだ数か月と経たないこの学び舎で、僕がくつろぐことの出来る数少ない場所が――この中庭だったのだ。

 


「もーっ、しっかりしてくださいよ」

「悪い悪い」

「その言い方、本心では悪いと思っていませんよね?」

「いやあ、本当に悪かったって」


 僕は平謝りしながら、後輩に続いて歩き出す。

 中庭からいったん校舎に入り、廊下を横切って昇降口へと向かう。



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