もうどうでもいいのですよ、にいさま⑦


 ――あれは去年の夏のことですから、いまからちょうど一年前の話になります。


 高校の夏休みが始まって少ししてからのことです。

 私は、妹がいなくなっていることに気づきました。

 そうです、私の妹です。妹は私より二歳年下で、中学の二年生でした。


 妹は私と違って明るくていい子で……、クラスでも浮いてなくて、人気があって、誰からでも好かれる性格だったんです。

 ですけど、みんなに人気がある分、妹はちょっと八方美人なところがありました。それは本人も気にはしてたみたいなんですけど、もともと頼まれると断れない性格だったこともあって、学校でも誰とでも親しくしていたようです。


 そんな妹が、いなくなった。

 ある日突然、いなくなってしまった。


 理由は分かっています。

 肝試しです。妹は肝試しに行っていなくなったのです。

 妹の中学校の、十人くらいのグループだったと聞いています。みんなで山の上のお屋敷に行ったらしいんです。夜に中学生だけで集まって……。


 そのお屋敷はいろいろあやしい噂の多いお屋敷で、でももう長いこと誰も住んでいなくて……つまり空き家ですね。それで幽霊が出るとか呪われているとかあることないこと言われていて、地元では心霊スポットとして有名な場所でした。

 そういうお屋敷に中学生グループで肝試しに行ったというんですね、もちろん親には内緒で。で、みんなでお屋敷に行ったまではよかったみたいなんですけど、お屋敷に乗り込もうとして、それで……。


 ええ、お屋敷で何があったのかはよく分からないんです。


 ただ全員が無事に帰ってくることはなくて、何人かが行方不明になってしまって……そうです、その行方不明の何人かの中に、私の妹もいたんです。

 

 ですが、おかしいことがあって。


 父も母も、それどころか周囲の誰も妹がいなくなったことを心配している様子がないのです。妹はあんなに友達も多かったのに、学校の誰も気にしていないみたいなんです。

 これはどういうことなのでしょうか。いくら私が妹の安否のことを訴えても、家族も学校の先生も相手にしてくれませんでした。仕方なく私は、自分一人で妹を探すことにしました。せめて姉の私だけでも、妹のために頑張らないとって。


 だけれど、これといって進展がないまま時間だけが過ぎていって……。

 秋が来て、冬が来て……そして、今年の春のことでした。


 私は同じクラスの人たちが例のお屋敷に行くという話を耳にしました。興味のある人を集めて噂の心霊スポットにみんなで突撃してみようとか、そういうことだったと思います。いわゆる肝試しですね。

 チャンスだと思いました。

 私もその人たちと一緒にお屋敷へ行ってみることにしました。

 何か妹の手がかりを摑めるかもしれないと、そう思ったのです。


 それ以前にも、自分でお屋敷まで行ってみたことはありました。ですけど、お屋敷は門も塀もどこも固く閉ざされていて、とても一人で入れる感じではありませんでした。誰かの力を借りようにも、学校も警察もまともに取り合ってはくれませんでしたし。


 そして、肝試し当日の夜。

 

 クラスの数人と連れ立って、私は山の上のお屋敷に向かいました。

 しかしお屋敷の前に来て、私は驚きました。

 門が開いているのです。

 あれだけ強固に閉ざされていた、あのお屋敷の門が――。

 入れなければ強引にでも乗り込んでやろうと考えていた私たちは少々肩透かしを喰らいましたが、開いているのならそれに越したことはないと、正面からお屋敷に入っていきました。


 お屋敷は無人のようでした。


 玄関の引き戸も庭側の窓も鍵はかかっておらず、私たちは難なくお屋敷の中へ上がりこむことが出来ました。門が開いていて玄関も鍵がかかっていないのですから、私たちが来るより先に鍵を開けていった人がいるはずなのですが、そのときそこに私たち以外の誰かがいる様子はありませんでした。


 動画や写真の撮影に忙しそうなクラスメイトたちをよそに、私は妹を探しました。


 持参した懐中電灯を手に、まっすぐに廊下を突き進みます。

 広いお屋敷でした。

 長い廊下を進むと、いくつもの部屋が並んでいました。

 並んでいる部屋の大半は和室のようでしたが、中には洋間もあるようでした。私はそれらを順番に覗いていきました。

 居間。客間。仏間。食堂。書斎。寝室。台所。風呂場。トイレ。納戸……。

 そのどこにも人の気配はありませんでした。妹の手がかりどころか、人が入り込んだ形跡のひとつも見つけることは出来なかったのです。


 やがて私は廊下の奥を抜けた先の、一番広い座敷にたどり着きました。


 座敷の雨戸はすべて開け放たれていて、外からは月の光が注ぎ込んでいました。

 私は敷き詰められた畳の上を足先で探るようにして、そろりそろりと座敷を進んでいきました。


 すると、がらんとした座敷の真ん中に文机ふづくえ……と言うのでしょうか、畳に座って使う用の低い机が一台、置かれていたのです。

 そして、その机の上には何枚もの紙の束が無造作に散らばっていました。近づいてよく見ると、それらは書きかけの原稿――どうやら小説の原稿のようだと分かりました。

 月明かりと懐中電灯を頼りに、私はその原稿を読んでみることにしました。






 ――――――――――


 これから語られる物語の中に、わずかにでも真実が含まれているとは思わないでほしい。


                         ――――――――――





 小説はそのような一文から始まっていました。

 無人の座敷で、私は黙々と小説を読み進めました。


 静かな夜でした。


 じっと耳を澄ませてみても、誰の声も足音も聞こえてはきません。まるでこの屋敷に私一人しかいないかのようでした。はて。ですがそれもヘンです。この屋敷にいま私しかいないのなら、ここまで一緒に来たはずのクラスの人たちはどこへ行ってしまったのでしょうか。


 そのうち、私は最初から一人でこの屋敷にやって来たのだと、そのように思えてきました。それだけではありません。妹がいなくなったきっかけ――昨年、中学生グループが肝試しで失踪したという事件も、そもそも私の記憶の中だけのことだったような……そんな気がしてきたのです。


 でもそのような違和感も、小説を読み進めていくうちに、だんだんどうでもよいことのように感じられてきました――。

 


 ……え? それで妹は見つかったのかって?

 はい、そうですね。


 妹はいました。

 妹はいたんです。


 でも、おかしいですよね。

 せっかく妹がいたのに、私はどうしてこんなところで、こんな話をしているんでしょうか? こんな広間で、たくさんの人がいて……あれ? どうして……。

 私は……そうです。私はあの夜、あのお屋敷に入って……それで妹がいて……。

 それで……。

 それで私はどうしたんでしょうか?

 そういえば、あのお屋敷とここもなんだか似ている気がしますね。

 古くて、広くて、大きくて、山の中にあって……。

 本当によく似ています。

 いつのまに私は……。

 よく分かりません。

 でも、分からなくてもいいのかもしれません。

 何と言ったって、妹はいたんですから――――。



 ――――――――――――そう言って、その話は終わったようでした。




 ――これも面白かった。

 ――そうだね。

 ――なかなかよかったね。

 ――次はどうしようかな。

 ――僕がいこう。

 ――私も。

 ――私もやるわ。

 ――わかった。

 ――順番を決めよう。

 ――そうだね。

 ――くじ引きにしよう。

 ――賛成。

 ――じゃあ、それでいこう。


 それからしばらくの間、楽しげな談笑の声が暗闇から響いていました。

 広間にいる人々は皆、すっかり話に夢中になっているようでした……しかし、聞こえてくるその話の内容は、どれもこれも怖くて恐ろしいものばかりでした。


 ザワザワとした暗闇に囲まれながら、いつのまにか男は眠ってしまっていました。

 そして、朝になって目が覚めたときには――広間にいた人々はすっかり消え失せていました。


 ですが、誰か大勢の人間がそこにいたことは間違いなかったようです。

 その証拠に、テーブルの上には飲みかけのコップがいくつも残されていましたし、椅子にも明らかに人が座っていた痕跡がありました。

 それに何より、男自身が感じていたのです。

 自分が眠っている間ずっと、その場にいたであろう無数の人々のまとわりつくような視線を――――――……。


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