もうどうでもいいのですよ、にいさま⑥
「これは……、ボクの友達が体験した出来事なんだ」
『うん』
「その友達は家族と一緒によくキャンプに出かけていたらしいんだ」
『うんうん』
「それであるとき、とあるキャンプ場に行ったときに家族とはぐれてしまったことがあったんだって」
『ほう』
「でも、彼の対応は落ち着いたものだった。普段からアウトドアに慣れていた彼は、まず自分の現在地を確認することから始めた」
『なるほど』
「太陽の高さや周囲の地形なんかを観察してみた結果、彼のいる場所は元いたキャンプ場からかなり離れた森の奥のようだと分かった」
『ほうほう』
「彼は途方に暮れた。どうして自分だけそんな離れた場所にいるのか。どこを通れば元の場所に戻れるのか……。そうしている間にも日は
『だろうね』
「不安に駆られた彼はいてもたってもいられず、一人で森をさまようことになった」
『ふうん』
「それからしばらくして、森の奥の草地で、ようやく彼は自分の家族を見つけることが出来た」
『……ほっ』
「だけど、そこに広がっていたのは……凄惨な光景だった」
『というと?』
「そこにあったのは――彼の家族の死体だったんだ」
『……え?』
「そこには、血まみれの父親の死体と、全身をズタボロに切り裂かれた母親の死体が転がっていて、さらにはまだ小さな妹までもが無残に切り刻まれて死んでいた」
『おう……』
「彼は自分の目を疑った。でもそれらの死体は、間違いなく彼の家族のものだった。妹に至っては、体も手足もバラバラになっていて、着ていた服がなければそれが妹なのかも判別できないほどだった。妹の衣服は血で真っ赤に染まってしまっていて、妹を中心に血だまりが広がっているさまは、まるで赤い着物を被せられているみたいだった」
『こわ……』
「いったい誰がこんなことを。彼は混乱した。そしてひとつの推測に思い当たる。家族を殺した犯人はまだこの近くに潜んでいるのではないか、と……。そう考えると、周囲の木々の隙間からその犯人がじっとこちらの様子を窺っているように思えてくる。彼は怖くなってその場から逃げ出した」
『まあ仕方ないね』
「そしてすっかり夜になった頃、元のキャンプ場までたどり着いた彼を迎えたのは……心配そうな顔をした彼の家族だった」
『ええっ!?』
「彼はすぐに事情を説明した。彼の両親は彼をやさしく慰めてくれた。よく頑張ったね、後のことはすべて私たちに任せなさい――。それだけ言うと両親は、彼をキャンプ場のロッジで休ませた。元気な両親を見て安心したのか、彼は出された食事もそこそこに、すぐ眠りについた……」
『それで?』
「……それでおしまい。結局、彼が体験したことが夢だったのか幻覚だったのか、それとも何か別の記憶と間違えて覚えてしまっているのかは、分からないまま……」
私はそう言って話を締めくくると、「声」の反応を待った。
しかし、いくら待っても返事はなかった。
私は不思議に思って、おそるおそる部屋を見回し、次に両親の顔を見たが……二人とも心ここにあらずといった様子で、目を見開いてぼんやりとしていた。
戸惑い、焦った私は、二人の肩を揺さぶってみた。
「ねえ、どうしたの? ねえ、ねえってば!」
私が何度か揺さぶると、ほどなくして両親はハッと我に返ったようだった。
「……ああ、ごめん。ちょっとボーッとしちゃって」
「どうしたのかしら、おかしいわね……」
「そうだよ、おかしいよ。こんな廃墟みたいな場所にいるからいけないんだよ!」
「あ、ああ……、確かにそうだな……。こんなところさっさと出よう」
私たちは廃墟のような旅館から立ち去ることにした。部屋を出るときに、床の間にあった赤い着物の日本人形がニィッと妖しく笑ったようにも見えたが……、それが気のせいかどうか確かめる余裕はなかった。
部屋を出て長い廊下を通っているとき、背後からまた例の「声」が聞こえてきた。
『――お帰りですか』
『――――もうお帰りなんですか』
『――――――もっと怖い話をしましょう』
『――――――――もっともっと怖い話をしましょう』
『――――――――――もっと怖い話を!』
『――ほら』
『――――さあ』
『――さあさあ』
『――ほら』
『――――ほらほら』
『さあさあさあさあさあさあさあ――――』
私は恐怖に襲われながらも、両親とともに旅館から逃げ出した。
途中、車に乗る直前に一度だけ後ろを振り返った。
そして、私は気がついた。
あの廃墟の門の向こう側から、無数の視線を感じることに。
それは、ただの視線ではなかった。
まるで何百何千もの目玉がこちらを一斉に見つめている――そんな異様な視線だった。
私はいまでも考えることがある。
あの旅館はいったい何だったんだろうか、と――――。
――――――――――――――私の話は以上だ。
男が語り終えると、暗闇からさざめきのようにいくつも小さな声が響きました。
――なかなかよかったね。
――そうだね。
――次はどうしようかな。
――あのう……私……、いいでしょうか。
――どうぞどうぞ。
――いいんじゃない。
――じゃあ、お願いしようか。
そのような会話が聞こえて、広間の暗闇の中で、影がひとつ立ち上がる気配がしました。はっきりとは分かりませんでしたが、その影はまだ学生――おそらくまだ中学生か高校生くらいの少女だろうと、男には感じられたそうです。
そして――――――――、また次の話が始まりました。
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