もうどうでもいいのですよ、にいさま④
「――――これはとある山奥の旅館のお話です。その旅館では一年に一度、夜通しで百物語をするという恒例の催しがありまして、その日はそれを目当てに大勢の宿泊客がその旅館を訪れるのだそうです。そしてその百物語の夜の最後、百本目の蝋燭が消える頃に必ず何か不可解な現象が起こるのだとか……」
妹は静かに語り続ける――……。
――――そして、ある日の夜のことでした。
その旅館に泊まっていた一人の男が、夜中にふと目が覚めてしまってラウンジの自販機に飲み物を買いに行こうとしたそうです。
しかし部屋の外に出ると、男は妙なことに気づきました。
……静かすぎる。
他の部屋から誰の声も、何の音も聞こえてこないのです。
時計を見ると、その日は疲れて早々に寝てしまったこともあり、まだ日付は変わっていない。宿に着いたときには宴会をしている部屋やいくつもの団体客がいたはずなのに、急にこんなに静かになるものだろうか……。
男は不思議に思いながらも、そのまま廊下を歩いていき、ラウンジへ続く階段を下りていきました。すると、階段を下りるにつれて真っ暗な広間のような場所が見えてきて――そこにはたくさんの人がいました。
広間にぎっしりと集まった大勢の人、人、人……。
そして皆、暗がりの中から男のほうを見て、静かに笑っているのです。
妹の声はだんだん低くなっていく。
その語り口調も、まるで何かにとり憑かれたかのように、おそろしげなものになっていった。
――――男はその異様な光景を目の当たりにして、恐怖のあまりその場から動けなくなってしまいました。男がその場で立ちすくんでいると、突然、背後から声をかけられました。
「――あなたも一緒に怖い話をしましょう」
その声は確かにそう言いました。
男は恐ろしくて振り返ることも出来ません。
暗闇の中で身じろぎひとつ出来ずにいると、広間の誰かがポツリポツリと話し始めたのが分かりました。
――――――これは私がとある怪談会に参加したときの話なんですけどね。恥ずかしながら、そのとき私は初めて百物語というものがあるのを知ったんです。百本の蝋燭を立てて、一人ずつ順番に話していくっていう、そういう作法とかをね。
それでね、それを聞いたとき、ふと思ったんです。
その百物語っていうのは、いったいどういう意味があるのかって。
だって、普通に考えておかしいじゃないですか。どうしてわざわざ百本の蝋燭を立てる必要があるんですかね? そんなにたくさん蝋燭を燃やして間違って火事になったりしたらどうするんですか?
だからきっと何かよっぽどの理由があるに違いないと、そう思ったんです。
たとえば、怖い話をしている最中は絶対に火を消してはいけない何かがあるだとか……そう考えたら急に怖くなってしまいましてね。
でも、結局は考えすぎだと思って、そのときはあまり気にしないことにしたんです。ところが、いざ話が始まってみると、本当に不思議なことばかり起こるではありませんか。
まず、最初の話が終わって、一本目の蝋燭が消えた瞬間、私のすぐ近くにいた女の人の首がね……ポロっと落ちたんです。
ええ、そりゃビックリしましたよ。
でも、もっと不思議なのは、首が落ちたのにその人、普通に生きているというか動いているんですよ。その人は驚いた様子で、慌てて落ちた自分の首を触っていましたが、やがてその手も血で真っ赤に染まっていって……、次第にその体も動かなくなりました。
でも、周囲の人たちはそんなことを気にせず淡々と怖い話を続けていくんですね。そのあとも話が終わるたびに次々と参加者の首が落ちていって……、残ったのは話をしていない私、ただ一人だけになっていました。
私が茫然としていると、どこからかフッと風が吹いて……最後の一本の蝋燭の火も消えてしまいました。
辺りは完全な闇に包まれました。
それでもまだ私は生きているみたいでした。
最初は何が何だか分かりませんでした。
……でもね。
暗闇の中でひとりじっと考えて、ようやく理解できたんです。
――ああ、これが百物語なのか、と。
理屈になってないって?
そうかもしれません。
でも……私は分かってしまったんですよ。
きっと百の物語を語り終えるまで、私たちは本当の意味で死ぬことが出来ないんだって。
だから、私はいまもこうして話を続けることが出来ているわけです――――……。
その話はそれで終わったようでした。
しかしすぐにまた暗闇の中から別の声が語りかけてきます。
――ねえ、次はあなたの番よ。
――早く話してちょうだい。
――何をしてるの。
――ほら。
――さあ。
――さあ。
――ほらほら。
――さあさあさあ。
そう言って笑いながら急かしてきます。
男は仕方なく語り始めました。
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