にいさま、進捗はどうですか?⑤


「いえ、ないならないでいいんですよ? とりあえず出だしだけ書いてみて、後でじっくり中身を考えるというのでも。小説の書き方としてそれはそれでありですし」


 後輩の助言は妹に比べるといくらか穏当だ。手心がある。

 しかし、このまま素直に何もアイデアがないと認めてしまうのもいささか悔しい。

 ここはそうだな……。


「……実はあるんだ」

「えっ?」

「どうしても書きたい話が、一つだけあるんだ」

「本当ですか?」

「ああ、本当だよ」

「じゃあ聞かせてくださいよ、その書きたい話とやらを」


 その言葉とは対照に、後輩は疑いの視線を向けてくる。

 こいつ、なんでこんなにグイグイ来るんだ。

 僕の小説の内容がそんなに気になるのか?

 僕は後輩に気圧されながらも、負けじと声を張って切り出す。







「おほん。えっと、その、なんていうかさ……」

「はい」

「お化け屋敷の話を書いてみようと思ってるんだ」

「お化け屋敷ですか?」


「そう、お化け屋敷だ。ここのところ、妹に薦められていろいろと怪談を読んでいたんだけど、読んでるうちにお化け屋敷とかホーンテッドハウスとかそういうのに興味が出てきちゃったっていうか」

「それで先輩もお化け屋敷の話を書いてみようと」

「ああ。駄目、かな」


「別に駄目ということはありませんが……。そこまで言うからには、何か普通のお化け屋敷の話とは違う、特別な構想があるんですよね?」

「も、もちろんだよ」


 嘘だった。

 オリジナリティのある特別な構想などない。

 そんなアイデアがホイホイ用意できていればはじめから苦労はしていないのだ。しかし後輩に啖呵を切った手前、もう後には引けない。

 僕は必死で頭を働かせ、なんとかそれらしい話の筋を考える。

 お化け屋敷……お化け屋敷……。うーん……。







「そ、そうだ! お化け屋敷と言っても、ただお化け屋敷を舞台にした話じゃないんだ」

「……と、言いますと?」

!」

「え、どういうことですか」


 後輩が怪訝そうに訊いてくる。

 いいぞ、食いついた。


「それはだな……そう、そのお化け屋敷には古くからとある一族が住んでいるんだ」

「お化け屋敷なのに人が住んでるんですか?」

「フフン、どうだ面白いだろ?」

「まあ、そこだけ聞くと面白そうですけど……」


「そうだろ? で、なんでその屋敷が町の中心になっているかっていうとだな。その屋敷に住んでる一族がすごいお金持ちで、いつもたくさん人を呼んで宴会を開いたり、お宝を集めたりして地元に影響力を持ってたからなんだな」

「ふーん、それで?」


「それで……その屋敷の主人は怪談が趣味で、その趣味が一族にも代々引き継がれているんだ。その屋敷で開かれる宴会も怪談会を兼ねたものだったりしてな。それでその屋敷がある土地では、みんなで集まると怪談を語るのが当たり前になっていく。そういう文化が形成されていくんだな」


 口から出まかせがどんどん出てくる。

 人間、追い詰められるとどうにかなるもんだな。







「はあ。一応考えてはあるわけですね」

 

 後輩は僕の話にひとまずは納得してくれたようだった。

 やれやれ。首の皮一枚でつながった気分だ。


「……で、そこからどう怖い話になるんですか?」

「えっ」

「なんですかその反応。お化け屋敷がアイデアの中心になるのは理解しましたけど、それは設定の話ですよね? 肝心のストーリーのほうはどうなるのかと聞いているんですよ」

「え。ストーリーは……えっと、そうだな……」

「まさか、設定だけでストーリーは何も考えてないとか……」


「そ、そそそそそそんなわけないだろ。いいか、ストーリーは……そう。その町では、そのお化け屋敷が文化や歴史の中心になっているんだ」

「それはさっきも聞きました」

「うっ。それでそのなんていうか、ううー、ああー……あ、そうだ」

「いま、あ、そうだって言いませんでした?」

「言ってない言ってない。あー……、設定の話だったよな」

「ストーリーの話です、先輩」


「そう、ストーリーの話だ。ええと……いままで話したのはあくまで物語の前振りなんだ。いわば歴史、過去の話だな」

「過去の話ですか」

「ああ。ストーリーの本編はもちろん現代が舞台の話になっていくんだ。怪談好きの一族が住んでいたその屋敷なんだけど、その一族が影響力を持っていた頃はよかったんだ。

 だけど、時代が経つにつれて屋敷に住んでいた一族は没落していって、とうとうその屋敷を手放してしまう。そして、無人となった屋敷にはやがて幽霊が出るとか呪われているとか、そういうあやしい噂が付きまとうようになるわけだ」


 僕の口からは架空の「お化け屋敷を中心にした町の話」が繰り出し続けた。

 我ながらよくこうもペラペラと思い付きを語れるものだと思う。

 しかしどうしてだろうか、僕の頭の中では、話している間ずっと、奇妙な既視感のようなものが影のようにチラついて離れなかった。







「……で、屋敷に誰も住んでいないのをいいことにどんどんあやしい噂が蔓延していって、屋敷はすっかりお化け屋敷扱いされていってしまうんだけど……」

「ちょっと待ってください、先輩」

「え、なんだよ」


 後輩が僕の話をさえぎった。

 せっかく興が乗ってきたところだったのに。


「その設定って……本当に先輩が自分で考えた話なんですよね?」

「当たり前だろ。僕が堂々と盗作するような人間に見えるか?」

「そうは言っていませんけど。なんだか先輩の話し方があまりにスムーズって言うか、まるで誰かから聞いた話をそのまま話しているみたいな……」

「そんなわけあるか。なんたっていま即興で思いついた話を適当にしゃべってるだけなんだから」

「いま即興って言いませんでした?」


 あ、やべ。


「言ってない言ってない。とにかくまあ、うん、そういう感じの話だ」

「あれ? まだお話の途中だったような……」

「この先は小説が完成してからのお楽しみだ。ほ、本当にオリジナリティあふれる展開になるんだからな! 噓じゃないぞ!」

「先輩がそこまで言うならいいですけど……」


 後輩は半信半疑といった感じだった。

 やはりノリと勢いだけでごまかすには無理があったか……?


「じゃあ、完成したら私に真っ先に見せてくださいね?」

「そうだな。ああでも……もし見せるとしたら妹の次になるかもしれないな。それでもいいか?」

「はい。もちろんそれで構いませんよ」

「悪いな」

「いえ。期待していますからね、先輩」


 こうして僕はお化け屋敷を題材にした小説を書くことになった。

 はたして、その小説がどのような物語になっていくのか。

 現時点では僕自身にもよく分かっていないのだが――。

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