にいさま、進捗はどうですか?③
翌日の放課後。僕は文芸部の部室にいた。
目の前にはノートパソコンがあり、画面には書きかけの原稿が表示されている。
「うーむ……」
僕は画面の文章を読みながら頭を悩ませていた。
視線とカーソルは、すでに数十分間は同じ箇所を行ったり来たりしている。
僕は今日部室に来てからずっと自分が書いた文章を読み返していた。
というのも、どうも自分が書いた文章に納得がいっていなかったのだ。何度読み返しても何かが違う。何かが違うというか、全体の構想自体が破綻していることに僕は気づきつつあった。
昨日、あの後――。
妹の怪談指南を受けて、僕はプロットを含めてゼロから小説を書き直すことにした。
やはり妹の言うように、ただ漫然と書いていくだけでは、たとえ作品が完成したとしても納得のいくものにはならないだろう――そのように思い直したのだ。
そう、思い直した。
思い直したまではいいのだが。
うーん……。
「……あの、先輩。何か悩み事でしょうか?」
ためらいがちに声をかけてきたのは文芸部の後輩だ。部室の長机の向かい側に座っている彼女は、何が面白いのかさっきから僕の執筆作業をじっと観察しているようだった。
「いや、そんな深刻な話じゃないよ。ただ次の文集に載せる作品を書いてて、ちょっと気に入らないところがあってさ」
「気に入らないところですか?」
「ああ」
「先輩が書いているのは確か……怪談小説? でしたよね?」
「そうだな、怪談小説。怖い話だ」
怖い話をするために怪談小説を書いているのか、怪談小説を書くために怖い話をしているのか、僕もよく理解していないが。
「怖い話って私、嫌いなんですよね」
「そうなのか」
「ええ、率先して怖い話を書いてる先輩の気が知れません」
「本人の前でそういうこと言うなよ」
「いいえ、そこは譲れませんね」
後輩はキッパリと告げる。
怖い話よりも楽しい話をというのが、後輩のいつもの口癖だった。
「でも、僕が前に書いた怪談小説はちゃんと読んでくれたじゃないか」
「それはまあ、部活ですからね。読みますよ」
「最近書き始めたばかりの僕からすれば、読んでもらえるだけでもありがたいけどな」
「それは殊勝な心がけですね。感心感心」
「なんでそんなに偉そうなんだ……」
活動期間の長さだけ見れば、後輩だって僕とそう変わらないだろうに。
「でも、読んだうえで言いますけど……」
「なんだ?」
「先輩の書く話って、ぶっちゃけあんまり怖くないですよね」
「うぐっ」
率直な読者の意見に、僕は心にダメージを受ける。
自分でも薄々分かっていたつもりだったが、人に言われると堪える。
それも常日頃から「怖い話嫌い」を標榜する後輩の言葉だ。怪談フリークのあの妹から言われるのとはわけが違う。
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