第八夜

にいさま、進捗はどうですか?①


「にいさま、進捗はどうですか?」


 僕が自分の部屋で小説を書いていると、背後から妹がこちらを覗き込んできた。

 妹は普段通りの赤い着物に身を包み、好奇心を抑えきれない様子で身を乗り出している。

 僕は軽くため息をついて妹に応じる。


「だから急に現れるなって、びっくりするだろ。……もう慣れたけど」

「慣れたのならよろしいではないですか。それで、完成したのでしょうか?」


 こいつ……。

 妹の傍若無人な態度に苛立ちを覚えつつ、僕は首を横に振った。


「いいや、まだ書き始めたばかりだな」

「そうなのですか? てっきりもう完成間近なのかと思っていましたけど」

「ああ、違う違う。前に書いてた奴はとっくに書き上がってて、先週、文芸部のほうで発表済みなんだ」

「あら、そうなのですか」

「まあ発表したって言っても、ごくごく短いのをいくつか書いただけだけどな。普通、二年の部員はもうちょい長めの作品を書くらしいけど、僕は新人部員ってことで融通してもらったんだ」

「そうだったのですね。にいさまが順調に学校に馴染んでおられるようで私も安心しました」

「まあな」

「ええ、私もいろいろ頑張ったかいがあったというものです」

「へ? お前が何を頑張ったんだよ?」

「いえ、なんでもありません」

「うん?」


 おかしなことを言う妹だ。

 まあ、こいつの言うことはいつもだいたいおかしいが。








「……で、そういうことで、いま書いてるのは次の文集に載せる用の原稿。前回までが試作品だとすると、今回は正式なバージョンって感じかな」

「ということは、にいさまの新作ですね! 私も楽しみです!」

「うん。でも、プロットを立ててみたのはいいんだけど、そこから先に進めずに行き詰まっちゃってね」

「そうですか……。ちなみにそのプロットというのはどのような内容なのでしょうか?」

「見たいのか?」

「ええ、是非とも」

「ちょっと待ってくれ」


 僕は机の引き出しからプロットを書いたノートを取り出し、妹に手渡した。

 受け取った妹はそれをパラパラとめくると、何か思案しているようだった。

 その様子を見て、僕は少し不安になる。

 家庭教師に宿題をチェックされる生徒とは、こんな気分だろうか。


「えっと……何か変、だったかな?」

「いえ、そういうわけではありません。ただ、私には何かが足りないように思えるのです」

「足りない? 何が?」

「そうですね……。たとえばこのプロットには大まかなお話の流れしか書かれておりませんけども、にいさまはこの話の中身をどうするおつもりなのでしょうか?」

「うーん、そう言われてもな。イマイチいいアイデアがないんだよな。だからとりあえず思いついたところから書いてみようかと思ってたんだけど」

「にいさまは本当にそれでよろしいのですか?」

「……え? 何がだ?」


 僕が聞き返すと、妹は至って真剣なまなざしで僕を見つめて言う。


「にいさま。このままこの物語を書き進めたところで、きっと何も変わらないでしょう。むしろ悪くなる可能性すらあります」


 容赦がない。

 僕の心にクリティカルヒットである。







 でも、妹の言う通りかもしれない。

 今回のプロットは、先輩のアドバイスや妹の語る怪談を参考にして箇条書き的に書き出しただけのものだ。つまり自分で考えたオリジナルのアイデアとは言いがたく、オチもしっかり決まっているわけではない。

 この書き方はいままで書いてきた練習作品のやり方に倣ったもので、今回もそのような惰性的執筆を続けてきた結果、執筆作業自体が中途半端なところで止まってしまったというわけだ。


 しかし、それも仕方のないことだろう。僕はこの春に文芸部に入部したばかり。小説素人の僕にあまり多くを求めないでほしい。

 だがそのとき、僕はあることを閃いた。


「……というかさ、そんなに言うならお前が書いてみればいいんじゃないか?」

「はい?」

「だってお前、こういうホラー的な話を書くの得意なんじゃないのか? いつも怖い話ばかりしているわけだし」

「いいえにいさま、それは違います」

「何が違うんだよ」

「私が書いても意味がないのです。にいさまが書いたものでなければ」

「どうして」

「どうしてもです」

「じゃあ、どうすればいいんだよ。ぶっちゃけ僕的にはもうお手上げなんだが」

「はあ。しょうがないにいさまですね」


 そう言って妹は肩をすくめつつもフンスと胸をそらし、まるで決め台詞を言うかのように宣言した。


「私が特別に教えて差し上げましょう、恐怖を物語るということの真髄を‼」


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