私はにいさまの妹ですよ⑥
「びっくりした。なんだこれ……」
どうなっている。
何かのエラーか、機械の故障か。
僕は焦ってもう一度マウスをクリックしてみる。
すると、直前まで黒一色になりつつあった画面は何事もなかったかのように元の適正な表示に戻っていた。
「な、なんだったんだ?」
少しの間、僕は机のノートパソコンの前で呆然とする。
いまのところ、パソコンは問題なく動いている。
フリーズしたり、電源が落ちたような形跡もない。
じゃあ、いまのはいったい何が原因だ。
何が作用してあんなことが起こったんだ。
パソコンを前に困惑していると、どこからか僕の記憶の奥底によみがえってくるイメージがあった。
……そうだ。
僕はこの現象に見覚えがある。
読んでいる途中で真っ黒に染まっていく原稿――。
制御を受け付けないパソコン画面のバグったような表示――。
過去に見たことのないはずの光景が、なぜかありありと思い浮かんできた。
ならば、これは。
これはもしかして――……。
「――にいさま?」
妹の声で、僕は我に返った。
隣では、妹が黙ったままの僕を不思議そうに見つめている。
「いや、ないない」
僕は思いつきかけた考えを、即座に頭の中から振り払う。
「どうしたのですか? いま画面がちょっと真っ暗になったように見えましたけど」
「なんでもない。うん、なんでもないよ」
「そうなのですか?」
僕はあらためてパソコンを確認する。
テキストファイルを閉じると、同じフォルダ内の他のファイルが画面に並ぶ。
隣で覗き込んでくる妹に、僕は画面を指し示す。
「ちょっと見ててくれ。……ほら。このUSBメモリ、テキストファイルが入っているだけにしてはデータの容量が重すぎると思わないか? それと、隅っこにあるこの『その他』ってフォルダ、ちゃんと中身を見てなかったけど……」
『その他』と題されたフォルダを開くと、いくつかの動画や画像が保存されていた。
また、次にウェブに接続して確認すると、どうやらこのUSBメモリには、簡単には分からない隠しファイルも保存されているようだと分かった。
「このUSBメモリは、仕込みがあるんだ」
「仕込み、ですか?」
「具体的なプログラムがどうとか、詳しい仕組みは分からない。だけど、特定のテキストファイルをある箇所まで読み進めると、画面が強制的にブラックアウトする。そういうふうにあらかじめ設定されているんだよ、たぶん」
「そんな仕掛けが……」
「パソコン本体に異常はないようだし、そうとしか考えられない」
「ですけど……どうしてそんな仕掛けが文芸部のUSBメモリに?」
「どうせ手の込んだいたずらだろ。よくもまあ、小説でこんなことしようと思うよな」
文芸部に代々伝わるUSBメモリ。
つまり、すべては過去の文芸部員の仕込みだったということだ。
あの文芸部はろくに活動していない幽霊部員ばかりだと思っていたが、こんな凝ったいたずらを残す暇人もいたのか。まったく器用なことだ。
しかし、読んだ感じだと、少なくとも途中まではまともな物語らしい文章が書かれていたようだった。
文章の小慣れた感じからして、このUSBメモリに保存されている作品が単なるいたずらだけを目的に書かれたものとも思えない。
おそらくこのUSBメモリが文芸部の活動記録用に残されたこと自体は本当なのだ。
そして、この『実妹怪談』のテキストを残した犯人は、文芸部員としての創作活動を記録したうえで、あえてこういう「遊び」の要素を仕込んだのではないだろうか。後世の何も知らない文芸部員が、このテキストを読んだときのホラー小説演出の一環として……。
僕はそのように想像した。
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