私はにいさまの妹ですよ②


 妹はほぼ毎晩のように僕の部屋に押しかけてくるのだが、今夜はいつもと比べて比較的早い時間帯から部屋に入り浸っていた。

 それでも今日の妹は部屋に来るなり一人で黙々と読書(おそらくホラー小説か何かだろう)に耽っていたようでしばらく静かだったのと、あまりに普段から断りなく僕の部屋に現れるのとで、完全にその存在を忘れていた。

 僕は軽くため息をついて妹に応じる。


「何をしてるって、小説だよ、小説を書いてたんだ」

「小説ですか。それはもしや、例の文芸部のですか?」

「そうだよ。っていうか、最初に僕に怪談小説を書けって言ったのはお前じゃないか」


 と言いながら僕は、原稿が進んでいないことをどうにかしてごまかせないかと、ああでもないこうでもないと考えを巡らせていた。しかし、






「確かに怖い話を蒐集するに当たって、怪談小説を書いてみてはどうかと提案したのはこの私です」

「そうだろ。だからこうしてだな……」

「ですが、そのパソコン画面には何の文字も表示されていません。真っ白です」

「うっ」

「この画面を見て、小説を書いているかどうかを判断しろと言うのは、ちょっと無理があるのではないでしょうか」

「ううっ」


 僕は妹の言葉の追撃にダメージを喰らっていた。

 容赦がない。

 しかも本人に悪意がなさそうなのが、またつらい。


「ああ、ごめんなさいにいさま。私は決してにいさまのことを責めたつもりではなかったのです。どうかあまり深刻に受け止めないでください」

「……いや、いいんだ。何も書けていないのはその通りなんだ。言ったことを全然実行できてない僕が悪い」

「いえいえ、そんなことはございません。にいさまはいつでも頑張っているではないですか」

「そ、そうかな?」

「そうです。にいさまが地道に怖い話を集める活動を継続されてることを、私は知っています。それはとても素晴らしいことですよ」






 妹はそう言ってにこやかに僕に笑いかける。

 しかしせっかく庇ってもらっても、僕はイマイチ素直に喜べなかった。

 この妹は怖い話が関係していれば、どんなことでも手放しに褒めたたえてしまうようなところがある。どこかに怖い話が絡んでいさえすれば、もし僕がどれだけトンデモない失敗をやらかしたとしても平気で全肯定してきそうだ。身内ながらある意味で一番怖い存在である。


 いや待てよ――まずこいつの扱いは「身内」ってことでいいのか?

 あれ? そもそも身内ってなんだっけ?

 家族って? 兄って? 妹って?

 というか、なんで僕はこんなことが気になってるんだ?

 なんかおかしくないか?



「――――――



 思考が袋小路に陥りかけたところで、妹がいやにはっきりとした声で告げた。


「あ、ああ。そうだよな。お前は僕の妹だもんな」

「そうですよ。おかしなにいさまですね」


 ふふふっと妹は笑う。

 僕もつられてはははっと笑う。

 そのまま二人で「ふふふっ」「はははっ」と笑い合った。

 そうだ。違和感を覚えるようなことは何もない。



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