第七夜

私はにいさまの妹ですよ①


 ある日の晩。

 僕は自分の部屋でノートパソコンに向かっていた。

 他でもない、文芸部で発表する小説の原稿を書くためである。


「うーん……」


 しかし、僕の手は止まっていた。

 パソコンの前で腕を組んでから、すでに一時間が経過している。

 文章が思い浮かばないのだ。

 締め切りは近い。何か書かなければいけないのは分かっている。何を書くかも漠然とは決まっている。だが、そのアイデアを適切に表現する文章が出てこない。


 何から書き始めればいいのか。

 何を目指して書き進めればいいのか。

 まるで分からない。

 僕は小説に関してはまったくの素人だ。

 転入したばかりの高校で文芸部に入り、そこで速筆の先輩に触発されて「自分も小説を書く」と宣言したまではよかったものの、そこから先は少しも進展していない。


「こんなことから安易に小説が書きたいなんて言うんじゃなかった……」






 僕は過去の自分を恨んだ。

 しかし、いまさらそんなことを言っても仕方がない。とにかくいまは少しでも原稿を完成へと近づけなければ――という決意も、これで何度目になるか分からなかった。

 こうなったら一度原稿から離れて、別のことをして気分を切り替えてみるのもいいかもしれない。

 そうだ。そうしよう。

 少し休憩して、原稿のことはそれから考えよう。


 締め切りが近いとは言っても、最終期限まではまだ日数がある。今日か明日までというなら話は別だが、まだそこまで追い込まれてはいない。

 どうせ誰が監視しているわけでもないのだ。

 ちょっと手を休めたくらいで、どうってことはないだろう。

 ……あきらかに逃避以外の何物でもなかったが、それを自覚してもなお、そのように考えてしまうくらいに、僕は行き詰まっていた。

 そして、僕が机を離れかけた、まさにそのときだった。


「にいさま、さっきから何をしているのですか?」

「うひゃあっ」


 背後からの声に驚き振り向くと、妹がこちらを覗き込んでいた。

 妹は普段通りの赤い着物に身を包み、興味津々といった様子で目を輝かせている。

 そうだ。こいつがいるんだった。


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