第六夜

先輩、楽しい話をしましょう①




「――にいさま、怖い話をしましょう」


 とある日の夜のこと。

 いつものように妹が部屋にやって来て言った。


「怖い話?」

「ええ。怖い話ですよ、にいさま」


 妹はニッコリと微笑む。

 いったい何度目だこのやり取り。


「いいけど……具体的には何をするんだ?」

「百物語です」

「百物語?」

「ええ。百物語ですよ、にいさま」

「百物語を、二人で??」


 なんかこの話題、前にもした気がするな。

 というか、この妹はいつも同じ要求しかしない。

 怖い話をするか、しないか。

 ちなみに、しないという選択肢はない。

 やれやれ……。





「分かったよ。やってみるか」

「さすがにいさまです!」

 

 妹はキャッキャと嬉しそうに手を叩いた。

 そして、妹はするりと立ち上がって姿勢を正すと、


「さあ、それではご一緒に」

「え?」


 見れば、いつのまにか部屋は真っ暗になっていて、僕と妹を取り囲むように床一面に無数の蝋燭が並べられていた。

 ゆらゆらと揺らめく細い炎が、幾筋も闇に浮かび上がっている。

 そして妹は「さて」と言って、目を伏せ、


「ひとつ……」

「ふたつ……」

「みっつ……」

「よっつ……」

「いつつ……」


 ひとつずつ数を数え始める。

 暗闇の中で「むっつ……」「ななつ……」「やっつ……」と、妹がカウントする声だけが響く。

 え、ちょ、ちょっと待って。


「……ここのつ」

「とお……」





 ちょっと待ってくれって。

 百物語って、こういうんじゃなかったよな??

 ただ数を数えるだけって、もしかしてこれを百まで続けるつもりか???

 混乱した頭で周囲を見て、僕はギョッとする。


 

 姿


 見間違いかとも思ったが、そうではない。

 一人、二人、三人、四人……何人もの妹が僕を中心に輪を作っているではないか。


「じゅういち……」

「じゅうに……」

「じゅうさん……」

「じゅうし……」

「じゅうご……」

「じゅうろく……」

「じゅうしち……」

「じゅうはち……」

「じゅうきゅう……」


 ――と、一人ずつ数を数えながら、妹は蝋燭を吹き消していく。

 蝋燭が消えると、代わりにそこにまた一人妹が現れる。


「にじゅうに」

「にじゅうさん……」


「……さんじゅうろく」

「さんじゅうなな……」


「……よんじゅうご」

「よんじゅうろく」


「……ごじゅういち」

「ごじゅうに……」


 蝋燭がまた一本消え、妹たちは残った蝋燭を見つめ続ける。

 一本、また一本と灯りが消えるたびに、妹がまた一人増える。

 そのうち何人もいる妹たちのささやき声が聞こえてくる。


 ――あと何本?

 ――あと何本残ってる?





 百物語では、百本目の蝋燭が消えたとき、が起こるらしい。

 誰かが死ぬこともあれば、はたまた、もっと恐ろしい現象に見舞われることもあるのだという――。


「……きゅうじゅういち」

「きゅうじゅうに……」

「きゅうじゅうさん……」

「きゅうじゅうし……」

「きゅうじゅうご……」

「きゅうじゅうろく……」

「きゅうじゅうしち……」

「きゅうじゅうはち……」

「きゅうじゅうきゅう……」


 百本目の蝋燭が消えた瞬間に、いったいどんなことが起こるのか。

 それは誰にもわからない。

 誰も知らない。



「――ひゃぁーく」



 なぜならば――これはあくまでも、僕の夢の話だからだ。



 ――――…………

 ――………

 ………



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