やっと思い出してくれましたね、にいさま④
あれから約一か月あまり――。
時の流れは早いもので、もう五月も終わろうとしている。
そして現在、僕の手元には先輩から渡された十何作目かの原稿があった。
この短い期間で先輩の作品は短編、中編、長編といろいろと読まされてきた。
個々の作品の出来不出来に差はあれど、先輩の創作意欲はまるで衰えを知らないようだった。それに毎回のように付き合う僕も僕ではあるが……いずれにせよ、部長直々の要請とあらば、新入部員としては引き受けない理由はないのだった。
「……で? 今回は他に感想は?」
「えーっと、そうですねえ……。これだけでは何とも判断しにくいですが……」
「何でもいいんだけど」
「そう言われても……。ううーん……あっ」
しばらく考えて、僕はどうにか感想をひねり出す。
「何かあったかい?」
「ああ、はい。その、ここのオチって言うか、引きの部分ですか? これはちょっと面白いと思いましたね。初対面だと思っていた義妹ヒロインが、実は前から主人公を知っているらしい……っていうのも、テンプレと言えばテンプレですけど、摑みとしては悪くないんじゃないでしょうか」
「ふむ。そうだろうそうだろう」
先輩は満足そうにうなずいている。
どうやらこの答えで正解だったらしい。
「それで――この続きはどうなるんですか? これっていわゆる物語のプロローグの部分ですよね? ここまで書いて僕に見せたってことは、これより先の本編があるってことなんじゃないですか?」
「うーん。そうなんだけどねえ、続きはねぇ……」
先輩はしかめ面になって腕を組んだ。
「……? 何か問題があるんですか? まだ全然書いてないとか? なら、途中の構想だけでも聞かせてもらえれば……」
「いや、続きは書くには書いたんだ。書いたんだけど、ね……」
「煮え切らないですね。何か事情でも?」
「……分かった。真面目な話をしよう」
そう言って、彼女は原稿と思われる紙の束を取り出した。
先輩が取り出した数十枚の原稿。
しかしそれらは、どれも一枚残らず、まるでインクを直接塗りつけたように、べったりと黒く染まっていたのだった。
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