やっと思い出してくれましたね、にいさま③
カタカタカタカタ……。
単調な作業音。それはどうやらキーボードを叩く音のようだった。
音がしている部屋を廊下からそっと覗く。
そこには、一人でノートパソコンに向かっている眼鏡の女子生徒がいた。
部室のドアには『文芸部』というプレートが掛かっていた。
「あのう、すみません」
僕はドアを軽くノックして、そうっと部屋に足を踏み入れた。
女子生徒は黙々と作業に集中していて、僕のほうを見る素振りも見せない。
彼女はここの部員なのだろうか。
ドアには『文芸部』とあった。
ならば、あれは小説か何かの原稿の執筆中なのだろうか。
……ということを尋ねようにも、女子生徒は作業に没頭している。そして、部室にはその女子生徒の他に生徒は誰もいないようだった。
仕方なく僕は女子生徒のいるほうに近づいてみた。横に立って、ちらっとノートパソコンの画面を見てみると、予想通り彼女は小説を書いているようだった。
「あのー、部活を見学したいんですけど」
僕は女子生徒に向かって再度呼びかける。
しかし、やはり反応はない。
こちらに気づいていないわけではないと思うのだが……。
文芸部の部室で手持ち無沙汰に立ち尽くす僕。
僕を無視して作業を続ける女子生徒。
二人の間で、カタカタとキーボードを叩く音だけが響く。
彼女は頑として姿勢を変えなかった。
そのときどうしてだろうか、そんな彼女の姿に僕は神々しさにも似た感慨を覚えた。分かりやすく言えば、尊敬の念を感じた。
他人の目を気にせず自分のやりたいことに邁進するその姿。
孤高。彼女には、まさにそのような形容が相応しい。
この人は本当に小説を書くことが好きなんだろうな……。
僕は彼女のことを、もっと知りたいと思った。
「小説って僕でも書けますかね……」
思わず口を突いて出た言葉。何気ない僕の一言に反応して、彼女の表情がぴくりと動いた。それまで何をしても執筆作業に熱中していた彼女が、そこでようやく原稿から離れて僕を見た。
「いまきみ、小説を書きたいって言ったかい?」
その言葉が、僕が聞いた彼女の――文芸部部長である
「あっ、いやその、すみません。突然ヘンなこと言って」
「ヘンなものかい。小説は誰でも書ける」
先輩の言葉は、そのときの僕の心に不思議とすっと響いた。
初対面の相手との会話に何と返事をしたらいいか分からず、僕は思わず手前の机の上にあった紙の束を手に取っていた。
「これって……先輩の原稿ですか?」
「ああ、それは今朝完成したばかりの奴だ。よかったら読んでみてくれ」
「いいんですか?」
「もちろんだとも。読んだら感想も聞かせてくれるとうれしい」
先輩は僕を見てにっと笑った。
それが、僕と夜見嶋先輩の出会いだった。
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