第四夜

にいさまは何も心配する必要はありませんよ①



 怪談を書かねばならないという強迫的な想いに、僕は囚われていた。

 怪談。ホラー。怖い話。

 そういうものを集めて、自分なりの物語に仕立てなければならない。

 他でもない、僕のたった一人の妹のために――。

 たった一人の妹。

 誰もない広い屋敷に、僕と妹は二人きりだった。

 妹は言った。


「なるべく多くの恐怖を集めてください」


 ――と。

 しかし、ここでいう「恐怖」とは何だろうか。

 恐怖。恐ろしいもの。怖いもの。

 そもそも恐怖を集めるとはどういうことなのか。


「何でもいいのですよ」


 妹はささやくように言う。






「物でも、お話でも、音楽でも、映像でも。とにかく多ければ多いほどよいのです」

「ホントに何でもいいのか?」

「ええ、数があれば何でも」

「それは、僕が直接体験したものじゃなくても構わないってこと?」

「もちろんです。いまは数を集めることが先決です」


 妹の言うことは相変わらずよく分からない。


「うーん、そういうもんなのか……?」

「そういうものですよ、にいさま。ですが、いずれたくさんの恐怖が集まった暁には、最終的にそれらをにいさま自身の言葉でまとめてみてください」

「僕自身の言葉で……」

「はい。その頃にはきっと、にいさまの中に、にいさまだけの、にいさまオリジナルの『恐怖』が出来上がっていることでしょうから」


 期待していますよ、にいさま。

 一言そう言い添えて、妹は造り物のような笑みを浮かべた。

 その笑顔に言い知れない感情を覚えて、僕は身震いした。




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