にいさまは何も心配する必要はありませんよ②


「い、いや。でも、恐怖を集めると言ったって……」


 僕はこの期に及んで、まだどうにかしてこの話題を避けられないかと考えていた。

 しかし、僕の優柔不断な性格も妹は織り込み済みのようで、


「にいさまは高校で文芸部に所属していますよね?」


 それは一見すると唐突な質問だった。


「……どうしてそんなこと知ってるんだ?」

「あら。にいさまのことなら私はなんでも知っていますよ?」


 妹はにぃっと目を細めた。

 本当に油断がならない妹だ。





 実際、部活のことは別に隠していたわけではなかった。

 妹が知っていても問題はない。

 問題はないのだが……この話の流れで言及されると釈然としない。


「それでにいさま。文芸部に所属しているということは、小説とか詩とか、何か作品を書いて発表しなければならないということですよね?」

「それは……」


 僕は言葉を濁した。

 妹の言う通りだった。

 僕は文芸部員として作品を書かなければならなかった。

 それは逃れがたい事実だった。そして、部の作品提出締め切りが刻一刻と近づいていることも、僕がまだ原稿に少しも手をつけていないことも……。


「にいさまは文芸部でどういう作品を書かれているのですか?」

「そ、それは、何と言うか……」

「小説ですか? 詩ですか? それともエッセイでしょうか?」

「詩ではないかな……」

「では、エッセイ?」

「エッセイの予定も、いまのところないかな……」

「では、小説を書かれているのですね?」







 ……くっ。この妹、おそらく分かって言っているな。

 僕が締め切りに追われていることも、特に考えなしに小説を書こうとしてまったく書けていないことも、妹はすべて分かったうえでこんなことを言っているのだ。

 妹のくっきりとした人形のような美貌が、いまはひどく恐ろしく見えた。


「じ、実はまだほとんど何も書けてなくて……」


 追い詰められた僕は観念して現状を打ち明けた。

 この妹相手に、これ以上の言い逃れは困難だと判断した。


「あら。それはいけませんね」


 すると妹はぽんと手を叩き、


「では、怪談小説を書くというのはどうでしょうか?」


 いかにもいま思いついたように、そう言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る