怖い話をしてるんだよ、と彼女は言った⑲
そして帰り道、山の麓の辺りに差しかかったときだった。
山と林だけの風景の中で、僕は立ちどまった。
前のほうの暗がりに――――誰かいる。
少し離れた道の真ん中。
無言で佇む小さな人影。
暗くてよく分からないが、どうやら女の子のようだ。
こんな時間にこんな場所で、いったい何をしているのだろう。
周辺にもはや人家はない。
先には山へと続く坂道が一筋、真っ黒な口を開いている。
明かりといえば電柱の小さな照明が点々と並んでいるだけだ。
その女の子は離れた位置に立ったまま、呼びかけるように僕に話しかけてきた。
「――ねえ、お兄さん」
それは普通の声をわざとうわずらせたような、妙に高い感じの声だった。
表情は見えないが、くつくつくつと、なんだか喉の奥から湧き起こる笑いを必死に押し殺している……そういうふうにも聞こえた。
「お兄さんって……もしかして、僕のこと?」
「そうですよ。他に誰がいるというんですか?」
「まあそうかな」
「お兄さんはあの人と仲いいんですか?」
「あの人って……
「ええ」
「……見てたのか?」
「どうなんですか? 仲いいんですか?」
「仲がいいっていうか、今日会ったばかりだよ」
「でも、随分楽しそうに話してたみたいでしたけど」
「そう見えたかな」
「そう見えましたよ――というか、そうとしか見えませんでしたよ」
「じゃあそうかもな」
「困るんですよね」
「……何が困るんだ」
「あまり余計なことを吹き込まれると」
「何の話だ?」
「お兄さんには関係のないことですよ」
「そう言われると気になるな」
「そうですか?」
「そうだよ」
「なら、あまり気になさらないことです」
「そうは言ってもさ」
「だって……どうせ忘れてしまうのですから」
「えっ?」
ふっと辺りを見回すと、周囲には誰の姿もなかった。
ほとんど日も落ちた暗い田舎道で、僕はただひとり、呆然と立ち尽くしていた。
なんだか以前にも似たようなことがあったような気がする……だが、それがいつのどういう場面でのことだったのかはよく覚えていない。
あるいはそんなことはなかったのか。それともただのデジャブか……駄目だ、やっぱり思い出せない。
茫漠とした感慨を抱えながら、僕はその場を後にした。
家に帰ると、すぐに妹が赤い着物姿で出迎えた。
「どうでしたかにいさま? 学校は楽しかったですか?」
「いやあ、散々だったよ」
「……そうなのですか?」
「うん。僕もよく分からないんだけど、あの学校では全校生徒がいつも怖い話をしているのが普通らしいんだ。まったく、なんなんだって話だよ」
「あら。よいではありませんか、みんなで怖い話」
「いや全然よくないだろ」
「そうでしょうか」
「いいわけないだろ。むしろ何がいいんだ」
「……お気に召さなかったでしょうか?」
「お気に召すとか召さないとか以前の問題だよ」
「そう、ですか……」
妹はなぜか残念そうにしょんぼりとしていたが、
「じゃあ――
と、ぽつりとそんなことをつぶやいた。
「……えっ?」
「いえ、こちらの話です」
「う、うん?」
そして、その日は妹と雑談をしてから夕食をとり、風呂に入って、少し勉強したのち、ベッドに入った。
新しい高校生活。
最初はどうなることかと思ったが、話の出来る友達にも出会えたし、存外楽しくやっていけそうだ。
明日からの日々に想いを馳せ、僕は眠りに就いた。
―― 虚妹怪談 第三夜 ――
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