怖い話をしてるんだよ、と彼女は言った⑱


「……つまり、志城ししろさんは行方不明の妹さんの手がかりが知りたくて、僕に話しかけてきたってこと?」

「ごめんね、黙ってて……」


 僕は何と答えてよいか分からず、口をつぐむことしか出来なかった。


 ああ、どうしよう。

 こういうときなんて話しかければいい。

 何を言っても無責任な言葉になってしまいそうだ。

 だいたい妹が行方不明だなんて重い話、突然打ち明けられても困る。しかし、せっかく志城ししろさんが勇気を振り絞って告白してくれたのだ。僕がこのまま何も言わないというのも不義理というものだろう。


 僕は考える。

 志城さんはどういう想いで僕に妹の話をしたのだろうか。


 志城さんは妹の失踪の話を、いとも平然と語ってみせた。

 まるで過去の話をするように。

 まるで歴史の話をするように。


 そしておそらく――怖い話をするように。


 思うに、この町の人は怖い話をすることに慣れすぎているのだ。

 だから、すべての話を怖い話をするように語ることが出来る。

 逆に言えば、

 そういうふうに習慣づけられている。

 そして、志城さんもまたきっとそうなのだ――そうなってしまっているのだ。







 僕は思い出す。

 今朝の教室での光景。僕をネタにヒソヒソと怖い話に興じるクラスメイトたちを冷めた目で眺める志城さんの姿。

 あのとき彼女はどんな顔をしていただろうか。

 どんな気持ちでクラスメイトたちを見ていたのだろうか。


 志城さんは言った。

 自分はクラスで浮いている、と。

 その言葉には、妹が行方不明となったことで怖い話の当事者になってしまった彼女が、なんでもかんでも怖い話に還元してしまうクラスメイトたちと以前のように同調することが出来なくなってしまった……という事情もあったのではないだろうか。


 その志城さんがあえて僕に話しかけてきて、怪談屋敷の歴史を解説し、怖い話をすることの意義を語り、そして、妹の失踪のことまでも打ち明けてくれた。

 そこには、僕などでは想像もつかないような深い葛藤や逡巡があったはずだ。

 僕が応じないわけにはいかないだろう。






 


 とは言え、僕と志城さんは今日さっき会ったばかりのほぼ初対面。

 お互いに知っていることのほうが少ない。

 どうしよう、会話の糸口がまるで摑めない。

 ううーん……。

 せめて何か共通の話題があればよいのだが。

 共通の話題? そんなのあるか? 今日会ったばかりなのに?

 えー、ああー、現段階で判明している僕と志城さんの共通点と言うと――

 


 そして、僕は長い沈黙を破る。


「……あのさ、実は僕にも妹がいてさ」

「あっ、そう、なんだ……」


 なんとか話題を捻りだすと、志城さんもこわごわながら答えてくれた。

 たどたどしい会話を続けつつ、夕方の人通りの少ない道を並んで歩く。


「その妹が怖い話が好きで、よく一緒に怖い話をしようって言ってくるんだ。だけど、僕は怖い話なんて、誰かに話して聞かせるほど知らないし……」

「……うん」

「でも、この町の人たちは怖い話に慣れてるっていうじゃないか。でも、そもそも僕はこの町のことを何も知らない。怪談屋敷の話だって、志城さんに教えてもらうまでちっとも知らなかった」





 僕は必死に会話を続ける。

 そんな僕を志城さんは不思議そうな顔で見ていた。


「ほらその、だからさ……志城さんはこの町の歴史とかにも詳しいんだよね?」

「それは……妹の手がかりを探していたら自然と詳しくなっちゃって言うか……」

「でも、僕よりもずっと詳しいよ」

「それは、まあ」

「それで……もしよければ、僕に歴史とか噂とか、もっといろいろと教えてくれないかな。僕も屋敷のことで気づいたことがあったらすぐに報告するようにするし。あの屋敷の中のことは僕しか分からないわけだし。だから――」


 僕と志城さんの目が合う。

 つぶらで大きな彼女の瞳が、宵闇で輝いて見えた。




「だから――これからも僕と一緒に怖い話をしてほしいんだっ!」




 僕が言い切ると、志城さんはなぜか少し驚いたような顔をしたが、ややあって「ぷふっ」と吹き出した。





「あ、僕、なんかおかしいこと言っちゃったかな……?」

「ふふふっ。ううん、そうじゃないの。そっか、そうだね。この町のこと、もっと知ってもらわないとね。それに、怖い話のやり方も」

「え、怖い話にやり方なんてあるの?」

「うん。この町ではいろいろと。それも教えてあげるよ、少しずつね」

「あ、ああ。そうだね。少しずつ」


 彼女の中でどういった心境の変化があったのかは謎だが、どうやら何とかなったようだ。

 やれやれ。これでひとまずは安心かな。

 時刻を確認すると、ちょうど午後七時を過ぎたところだった。

 辺りはすっかり暗くなっていた。

 放課後の時間をまるまる使って町を一周した僕と志城さんは(その時間で一周できる程度の広さの町なのだ)、駅の近くの中央通り付近へと戻ってきていた。


「じゃあ、志城さん。また明日、学校で」

「うん、また明日」


 駅前で志城さんに別れを告げ、僕は山の屋敷へと足を向けた。




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