怖い話をしてるんだよ、と彼女は言った⑥
幸いにも、その日は始業式と簡単な連絡事項の確認だけで終わった。
やれやれ。
何もしていないのに、尋常なく疲れた。
しかし、明日からまたこのねっとりとした視線の中で過ごすのか……。
そう思うと、いまから気が滅入ってくる。
都会から離れ心機一転、田舎の町で平穏な学園生活を送るつもりだったのに、これでは何のために転校してきたのか分からない。「少しハブられたりぼっちなくらいが気楽でいい」などとほざいていていた数時間前の自分が妬ましい。
「はああああぁぁー……」
思わず重いため息が漏れた。
自然と姿勢もうつむきがちになる。どうしてこんなことに……。
そうして僕が煩悶している間にも、クラスメイトたちは僕を遠くから眺めては、相変わらずヒソヒソと話し込んでいる。
結局、半日経ってもこの空気はまったく変わらなかったな……。
ああ、もうっ! 冗談じゃない!
こんなとこにいつまでもいられるか! 僕はとっとと帰らせてもらう!
苦悩の末、ミステリー小説で直後に殺される被害者のような結論に達した僕は、放課後、ホームルームが終わるや否や、周囲の視線から逃れるためになるべく顔を下向きに伏せ、可及的速やかに教室を出ようとした。
――――のだが、
「――あなた、怪談屋敷の人って本当?」
上のほうから明るい声がした。
へ? と思って伏せていた顔を上げると、そこには一人の女子生徒が立っていた。
「え……?」
見覚えのある生徒だった。
それは僕と彼女が旧知の仲で、ここで運命の再会を果たした……ということではもちろんない。
彼女は紛れもなく、このクラスの生徒の一人だった。
そう、たくさんいるクラスメイトたちのうちの一人。
ごく普通の女子だった。顔も背格好も普通で平均的。髪型はセミロングをやや短くした感じで、制服の着こなしも校則の範囲内。言動に目立ったところがあるわけでもなく、むしろおとなしめな雰囲気。
強いて特徴を挙げるなら、好奇心に満ちたその大きなまるい瞳だが……それくらいだ。印象に残るようなところはない。
ではなぜ、そんな彼女のことを僕が記憶していたのかといえば……それは、彼女の行動が他のクラスメイトと違っていたからだ。
彼女はいつも僕を凝視する群衆の輪の外側にいた。
僕が教室を見回すとき。
僕が自分の席で縮こまっているとき。
彼女は決まって教室の端っこのほうで一人で静かに座っていた。それは最後列の僕の席に対して彼女の席が前方の位置にあったというのもあるが、他の生徒と比べて彼女の態度は明らかに差があった。
こういう言い方が正確かどうかは分からないが……あえて言うならばそう、彼女はこのクラスの中でただひとり「冷めていた」。
彼女だけが、他のクラスメイトたちのように重い視線を僕に向けてこなかった。
彼女だけが、僕のことをクラスメイトとの会話のネタにしていなかった。
遠巻きに僕を囲むクラスメイトたちを、更に遠巻きに眺めていた生徒――それが彼女だった。
とは言え、この教室で僕はクラスの誰とも会話をするどころか、ろくに目を合わせてもいない。それは彼女も例外ではなく、こうして話しかけられても僕は彼女の名前すら知らないわけなのだが……。
そう思った瞬間、
「私は
「えっ。ああ、よろし、く……?」
僕が困惑気味に返事をすると、女子生徒――志城るりはニコリとかわいらしく笑った。
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