怖い話をしてるんだよ、と彼女は言った⑤


「あー……じゃあとりあえず、席は一番後ろの空いてるところだから」


 しかし、教室に立ち込める異様な空気を無視して、眼鏡の担任教師は僕に淡々と指示した。

 マジかこいつと思った。

 この空気の中でよく平然としていられるな……。

 しかし、担任教師の事務的な態度に僕は虚をかれ、「あっ、はい」とぎこちない返事をすることしか出来なかった。


 何だろう。

 このクラスは普段からこんな感じなのだろうか?

 僕が自意識過剰なだけなのだろうか?

 腑に落ちない思いを抱えたまま、僕は指示された席へと向かった。






 クラスメイトたちの間を縫って歩いていく間にも、それまで固定されていた教室中の視線が、僕の動きに合わせて一斉に移動していくのが分かった。

 チラッと見てくるなんて生易しいもんじゃない。

 ぬるぬる、とか、ずるずる、でも言うような、重たい視線だ。

 前後左右から突き刺さる視線、視線、視線。


 重くまとわりつくような視線を浴びながら、教室の真ん中を歩く。

 ひえ~~。

 なんだなんだなんだ?

 何がどうなってるんだこのクラスは?

 シャツの下の背中にぶわっと脂汗が噴き上がる。

 席にたどり着くまでのわずかな距離が、とても長く感じられた。







 それからは、苦行のような時間が続いた。

 単に無視されるのならまだよかった。

 町の外から来た余所者だからといじめられて、仲間内から排除されるというのなら、納得は出来なくても理解はできた。学校のヒエラルキーなんてどこもそんなもんだ。

 だが、このクラスの僕に対する態度は無視でも排除でもなかった。

 ましてや、ただのものめずらしさだとか、都会出身者への憧憬や嫉妬でもない。

 僕は教室の最後尾の席にいながら、ずっと周囲の不気味な注目に耐えなければならなかった。


 しかしもっとおかしいのは――つねに視線は浴び続けているというのに、誰一人として僕に話しかけてこないということだった。


 新クラスにやって来た転校生なのだから、少しくらいコンタクトを試みる人間がいてもよさそうなものだ。

 が、声をかけられるどころか僕に近づいてくる生徒すらいなかった。


 何なんだ。

 僕に関してひそかに緘口令かんこうれいでも敷かれているのか。

 しかし、僕のことがクラスでまったく話題になっていないのかというと――それも違うようだった。







 僕に直接話しかけてくる生徒はいなかった。

 しかし。

 時折、クラスメイトたちは僕を遠巻きにして何か話し込んでいた。


 ヒソヒソヒソ。

 ごにょごにょごにょ。


 そしてかすかにだが、会話の中から「転校生」という単語が漏れ聞こえてくる。

 クラスメイトの間で、僕のことが話題になっているのは間違いない。

 だが、聞き耳を立てているだけでは、話の具体的な内容までは分からない――それくらいひそやかな会話が交わされているようだった。


 いったいみんな何を話しているのだろう――そう思って僕が声のしているほうを見ると、たちまち全員、信じられないものを見るような目つきでキッとこちらを睨んでくるか、または血相を変えて慌てて目をそらしてしまう。何が何やらだ。








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