第三夜
怖い話をしてるんだよ、と彼女は言った①
みちはほのじろく向ふへながれ
一つの木立の窪みから
赤く濁った火星がのぼり
鳥は二羽だけいつかこっそりやって来て
何か冴え冴え軋って行った
あゝ風が吹いてあたたかさや銀の
あらゆる四面体の感触を送り
蛍が一そう乱れて飛べば
鳥は雨よりしげくなき
わたくしは死んだ妹の声を
林のはてのはてからきく
――――宮沢賢治「春と修羅 第二集」より
§
夢を見ていた。
僕は一人でどこかの座敷にいた。
広い座敷だった。
そこは大きな古い邸宅の中らしかった。
見渡しても遠く端のほうまで、障子と襖と畳しか見えない。
どこまでも固く閉ざされた、広い座敷。
光源は障子紙の向こうから漏れてくる淡く白い光だけで、昼間にもかかわらず部屋全体がぼんやりと薄暗い。
そこにいる僕は小学校低学年の頃の姿だった。
幼い僕は、その場所が何なのかとか、自分がどうしてそんなところにいるのかということよりも、僕みたいな小さな子供を放って親や他の大人たちはどこに行ってしまったのだろうと、そんなことばかりをぼうっと考えていた。
足元がひどく冷たい。
まるで氷の上にでも立っているかのように感じられた。
と、そのとき、
「ふああぅあぁ」
ふいに人の声がした。
何かの空気が抜けるような奇妙な声だった。
声のしたほうを見る。
隣の部屋――仏間の襖がわずかに開いている。
その小さな隙間から、誰かが仰向けになって眠っているのが見えた。
眠っているのは、僕の妹だった。
妹の寝顔をよく見ようと、僕は仏間に近づいた。
妹は白い布団に収まっていた。
仏壇の前で眠る妹の顔は青白く、一切の生気が感じられなかった。
しかし耳を澄ませると確かに、小さな呼吸と心臓の音が聞こえてくるのだった。
僕は妹の肌に触れようとして、おそるおそる手を伸ばしかけた。
が。
「ふああぅあぁ」
もう一度、さっきの声がした。
それは背後の仏壇の中から聞こえたような気がした。
僕は妹から離れ、仏壇をまじまじと見つめた。
黒く大きな仏壇。
そこには一枚の写真が置かれていた。
額に入れられたその写真に写っているのは――紛れもない妹の姿だった。
ああ、そうか。
その日は、妹の命日だった。
§
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