待っていましたよ、にいさま⑨
§
いまを遡ることおよそ半年前――高校一年の秋のこと。
僕は、両親を失った。
突然の事故だった。
居場所を失った僕は、ひとまず近くに住む母方の祖父母の家で厄介になることになった。祖父も祖母も親を亡くしたばかりの僕にやさしく接してくれた。僕のための部屋も用意してくれたし、僕が不自由のないように出来得る限りのことをしてくれた。
しかし、そのやさしさに逆に居づらさと居たたまれなさを感じてしまった僕は、祖父母に対して心理的に壁を作ってしまった。
会話も必要最低限。
声をかけられても生返事。
家ではもっぱら部屋にこもって過ごした。
気まずさばかりが日々堆積していった。
祖父母のやさしさに甘えていたと言えばその通りなのだろう。
しかし、そのときの僕の心はふさぎ込む一方だった。
僕が部屋にこもりがちになって少し経った頃――ちょうど季節が冬に入って間もない辺りのことだった。
僕はおかしなものを見るようになっていた。
ときどき、視界の隅で影がちらつくようになったのだ。
そう、影。
ぼんやりとした小さな影だ。
――ぞわぞわっ。
――――ぞろぞろっ。
空中を漂う黒いかたまり。
人のようにも動物のようにも見える半透明な何か。
それらが心霊的な現象なのか、単なる目の錯覚なのかは不明だった。
……が、いずれにせよ正常な状態の人間が見るものではないと思った。
僕の精神はますます不安定になっていった。
やがて学校にも足が向かなくなり、僕は以前にも増して部屋に引きこもることが多くなっていった。このままではいけないと思ったが、自分でも何をどうすればいいのか分からなかった。
そんな鬱屈を抱えていたある日。
僕のところに一通の手紙が届いた。
それは、父方の親戚から僕に一緒に暮らさないか――という誘いの手紙だった。
もっとも父方の親戚と言っても、僕はその家のことをほとんど知らなかった。手紙によれば、なんでも亡くなった父親は、古くからあるとある地方の、とある大きな地主一族の分家のさらに分家の生まれで、今回連絡をくれた親戚は、その分かれた家のうちの一つなのだという。
その複雑な家系の中で、僕の父親がどういう立ち位置にあったのか――ましてや手紙の親戚がどういう人々なのか、僕にはまるで見当がつかなかった。
父はあまり自分のことを話す人ではなかったし、田舎の出身であることは間違いないようだったが、その他の親戚との交流もないに等しかった。
というかそんな親戚がいることも僕にはまったくの初耳だった。その親戚の家があるという土地の住所も今回の手紙で初めて知ったくらいだった。
そんなぎりぎり親戚と言えるような家の人々が、僕にわざわざ声をかけてくれたという。
悪い話ではないと思った。
それに手紙の文面を読んだ瞬間から、僕は不思議と心惹かれるものを感じていた。
見知らぬ土地での新生活。もちろん不安はあった。
しかし、現状を変える好機であるとも思った。田舎暮らしは経験がないが、いまのまま引きこもりを続けるよりは幾分かマシだろう――と。
僕はその誘いを受けることにした。
祖父母は最後まで心配そうな顔をしていたが、半ば逃げるように僕は家を出た。
しかし――、
ようやくたどり着いた屋敷で――――僕はまた一人になっていた。
§
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