にいさま、怖い話をしましょう⑨


「ええ。恐怖や不安とは得てして外の世界からやって来るものです。内なる恐怖、なんて言い方もありますけどね。まずは外から来る敵のことを知っておいても損はないでしょう?」

「……なんか難しい話になって来たな」

「いえいえ。何も難しいことはありませんよ、にいさま」

「どういうことだ……?」


 気づけば僕はベッドから起き上がり、妹と向かい合っていた。


「外からやって来る恐怖が実際どんなものなのかは、私にも分かりません。分からないから怖ろしいのです。ですが――日頃から恐怖のストックを用意しておけば、来たるべき強大な恐怖にも難なく対処することができます」


 妹は流れるような調子で語り続けた。

 話が進むにつれて、正面に座る妹の瞳がぎらぎらと黒い輝きをたたえているように見えた。


「うーん、やっぱりよく分からないな。恐怖をストックしておくっていうのは、具体的に何をどうすることなんだ?」

「それはいろいろですね」

「いろいろ?」

「ええ。恐怖というのは人の感情ですから。感情に作用するものなら基本的には何でもよいと思います。たとえば、自分が怖いと思うものについてお話をしたり、物語を書いたり、絵にしてみたり、お芝居をしたり、音楽を演奏したり……とにかく、なるべく多くの恐怖を集めておくことが重要です」

「そういうものか?」

「そういうものです」


 妹は自説を披露して、自慢げに胸を張っていた。




「だから、にいさま――」


 ふふっ、と妹は笑う。





「――――私と、怖い話をしましょう」







     §






 そういうわけで――僕と妹は怖い話を語り合うことになった。

 妹曰く、来たるべき強大な恐怖に備えるために――。

 何か肝心な部分で騙されている感じがしなくもないが……。

 まあ、怖い話や怪談のなんたるかを語ってはキャッキャと楽しそうにしている妹を見ていると、少しくらいならつき合ってやってもいいかなという気になってくる。


 夜は長い。

 部屋に妹と二人きり。

 これからどんな怖い話が聞けるのかと思うと、正直、少し期待する気持ちもなくはない。

 



 しかし、ここでひとつ断っておきたいことがある。

 これまで語ってきた話の流れを無視するようで申し訳なくもあるのだが、それでもやはり言っておかなければならないだろう。




 そうだ。

 そもそもの話として。











 僕に妹はいない。













   

            ―― 虚妹怪談 第一夜 ――




















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