にいさま、怖い話をしましょう⑧



 脳裏をかすめた妄言を打ち消そうと、僕はぶんぶんと強めに頭を振った。

 しかし一人芝居に興じる僕を見て、妹はまた笑みをこぼす。


「ふふっ。面白いにいさま」

「むっ。別に面白くはないだろ」

「そうやって怒った顔をもかわいいですよ。本当に見ていて飽きませんね、にいさまは」

「……ほっといてくれ」


 ばつの悪さを感じた僕は妹に背を向け、自分のベッドに寝転んだ。


「ああ、ごめんなさいにいさま。本気で怒らせるつもりはなかったんです」

「別に怒ってない」

「うそ。怒ってます」

「怒ってないって」

「私が悪かったんです。ごめんなさい。謝りますから、ねえ、にいさま……」

「…………」


 僕は振り向かずに、懇願する妹を無視した。

 我ながら子供っぽい態度をしているなと思う。

 そしてそれは、今回だけの話ではなかった。妹の前では、どうも僕は冷静さを保てなくなってしまうのだ。

 しかしそんな僕の内心も、妹にはお見通しのようで――、


「分かりますよ、にいさま――不安なのですよね」






 妹は僕の背中にしなだれかかってきた。

 肩に添えられた妹の手から、彼女の体温がじんわりと伝わってくる。

 静かな夜だった。

 気が遠くなるような静寂。

 部屋の時計の音と、遠くから虫の鳴く声がする以外、何も聞こえてこない。

 耳の奥がキーンとする。感覚が曖昧になる。いま自分がどこにいて、何を感じているのかもよく分からなくなっていくような気がした。


「不安になるのは仕方ないです。でも、それはにいさまのせいではありません」


 妹は穏やかに、やさしく語りかけてくる。


「不安。恐怖。焦り。憂い。それは誰しもが持っている感情です。暗闇から得体のしれない何かが迫ってくるような感覚。目の前の出来事が自分の力ではどうにもならないと気づいてしまったときのコントロールできない情動……」


 妹は僕の背中に手を添えたまま話し続けた。

 僕の背後から、妹の声だけが淡々と響いた。


「ねえ、にいさま。そういう不安や恐怖につには、どうすればいいと思いますか?」

「えっ。う、うーん、どうだろう……。ちょっと思いつかないな……」

「カンタンです。

「恐怖を、用意しておく?」


 聞き慣れない言い回しだ。

 僕の意識は、自然と妹の話の内容へと傾いていっていた。


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