第一夜

にいさま、怖い話をしましょう①

「――にいさま、怖い話をしましょう」


 そう言って妹は、ふふっといたずらっぽく微笑んだ。

 とある日の夜のことだった。

 すでに夕飯も済ませ、僕が自分の部屋で一人でスマホを眺めていたところに、いつも通り赤い着物姿の妹がバタバタと押しかけて来て言い放ったのだった。

 僕は一旦スマホから目を離し、妹に意識を向ける。


「怖い話?」

「ええ。怖い話ですよ、にいさま」


 妹は僕のことを「にいさま」と呼ぶ。

 呼ばれるたびになんだか堅苦しさとむずがゆさを覚えるので、もうちょっと呼び方を何とかしてもらえないかと掛け合ってみたことも一度や二度ではないのだが、この家に古来続く由緒正しき正統派妹(何だそれは)を自称する彼女にとって、そこは譲れない点であるのだという。よく分からない。






「怖い話って言われてもな。あんまり知らないし、何を話せばいいのかわかんないな」

「あら。先日はあんなにたくさんしてくれたではないですか」

「先日っていうか昨日のことだろ。あれで全部話し切ったよ」

「またまた。にいさまったらそんなご謙遜を」

「謙遜とかじゃないって。もう話すネタがないよ」

「私はまだいくらでもできますよ」

「いくらでも?」

「ええ。いくらでも」


 マジで?


「もし一人で百物語をしろと言われても、一話から百話まで素でそらんじられる自信があります」

「それはそれでどうなんだ」


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