虚妹怪談
カクレナ
前夜
前夜
民間には恐ろしい咄が沢山あるが、其滑稽を帯びた
一つに、ふるやのもりという型が伝っている。この
咄の内容が暗示するものは、暗い夜、屋外に化物が
いて、近づこうしているということである。武家の
家などでは、これに対して、宿直していたのであろ
う。そういう時には、むやみにこわい化物咄などを
して、外から近寄る奴を威嚇していたのであろう。
ここにはもっと、こんな恐い物に会った経験がある
のだ。或は、もっと怖いものが居るぞ、と言う示威
運動なのである。ここから怪談が発達して行った。
百物語の起ったのも、此為である。これが、御伽の
内容の最中心になるものであろうと思うている。
――――折口信夫「お伽及び咄」より
これから語られる物語の中に、わずかにでも真実が含まれているとは思わないでほしい。
ましてや、どこかに現実の体験が反映されているなどと、ゆめゆめ考えてはいけない。
この物語は、僕の頭の中のイメージを描き出したものだ。
忘れようとしても忘れられない、いくつものイメージ。
僕は思い出す。
学校。田舎の町。古いお屋敷。鬱蒼とした森。遠くに霞む山々の眺め。
見上げたときの澄んだ青空。始まらない春と終わらない夏。
頂きの見えない坂道。ひび割れたアスファルト。
まことしやかに語られる噂。行き交う人々。
まぶしい朝の光。ぼんやりとした夜の灯し火。
いないはずの少女。がらんとした部屋。家の奥の間。暗がり。死んだ友人。
ずっと不在の両親。どこまでも続く廊下。
獣のような何かのうめき声。ぼたぼたとこぼれ落ちる黒い水。
漂う腐臭。真っ赤な裂け目。
白昼夢。郷愁。思い出。忘れていた記憶。
そして、妹――。
頭の奥底からあふれて仕方ない無数のイメージ。
抑えがたくよみがえってくる心象風景。
それらを書き綴ったものが――この物語だ。
これは、とある兄と妹についての物語である。
兄が妹を想い、妹が兄を想う。
そういう物語だ。
愛情と。幸福と。そして何より――――恐怖。
僕は願う。
ここに語る物語が、なるべく多くの人々に届くことを。
ここにある物語が、なるべく遠くの未来に残ることを。
最後に、重ねて警告しよう。
ここに語られる物語に、真実は少しも含まれていない。
そんなことを言って多少は本当にあった出来事や会話を元ネタにしている部分があるじゃないか……?
などということは、間違っても想像してはいけない。
それでも。
もし万が一。
あなたが、どこかに真実や現実を読み取ってしまったならば。
そのときは――――……。
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