ごめん、日比。
四時間の授業を終えて、一人で食堂へ向かう。気を抜けば、日比が追いついてくるから、最速の早歩きをした。走って仕舞えば、見つかってしまうことなんてわかっていた。息を潜めたいのに、息が上がる。結局日比には会わなかった。
すでに昼食は長机の上になっている。自分の番号の椅子を探し出し、腰をかけるとギイと軋んだ。日比なしで昼食を取ったのはいつぶりだろう。安心するどころか、何かが抜け落ちたような寂しさがあった。目を細めるほどの眩しい所から、光一筋も見えないような、何も見えない暗闇に突き落とされた気がした。雲泥の差だ。大袈裟だなあ、と苦笑いを作るがそれは暗闇に早々と目が慣れたからだった。
講師が「いただきます。」の号令をかけるまで黙って待つ。何気なく向けられた食堂の入り口から日比と花巻が入ってきた。一生が見たことのない、満面の笑みと大きな笑い声にきゅっと心が締め付けられた気がした。やっぱり、日比と釣り合うのは決して一生ではない。夢を見ていた。そうだ、わかっていたはずだ。1日も経てば振り出しに戻ることなんか、容易いことだと。花巻達から目を離す。図書室での日比のように、迷子の犬の顔を晒すつもりはない。無表情を取り繕うと、テーブルクロスを眺めた。
「何で避けんだよ。」
ギリギリまで昼食を食べていた一生が食堂を出ると、日比が不服そうな顔をして待ち構えていた。そこに花巻の姿はない。
「別に。」
「何だよ、別にって。」
必死に違うことを考えようとする。そうだ、次の授業まで時間がない。教科書やノート類は自室に置きっぱなしだ。早く取りに行かなければ。避けて進もうとすると、通せんぼしてきた。
「…花巻から聞いてないのか。」
「きいた。」
じゃあ、と言おうとして顔を上げると、日比の怒ったような泣き出しそうな顔を見て声を失った。
「けど、俺は土倉といたい。可愛くて、過剰に優しくて、頭良くてすっごい将来の夢を持ってる土倉といたい。お前は、俺のこと、どう思ってる?」
違う。そんなの、俺じゃない。
顔がくしゃりと歪んだのがわかった。俺は可愛くなんかないし、むしろひねくれてる。優しいのは自分を守るため。勉強は先生に怒られないため。将来の夢はただの自己満足で、日比のものと比べ物にならない。日比が見ているのは綺麗な俺の仮面。
悲しかったのは、そのことじゃない。
俺は、日比のことは全然知らない。話していても何て返せばいいかわからなくて、記憶に留めてもおけない。俺は日比の中身以前に、日比のつけてた仮面の表面すら、わかっていないんだ。……そんなんじゃ、日比と一緒にいれないことなんか、当たり前じゃんかよ。
「俺に話しかけないでくれ。もう二度と関わんな。」
「土倉!」
「お前と一緒にいると、成績下がるんだよ。」
被せた声に思わず心の中で悲鳴をあげていた。だけど、これで日比が花巻達と一緒にいられる。日比に背を向けて走り出す。周りの目はどうでもいい。今は少しでも日比から離れたかった。
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