長野夏期講習コース③

授業を一通り終え、気づけばあたりも暗くなっていた。どこからか虫の音が聞こえてくる。量が多い夕食をなんとか詰め込み(でもうまかった)、部屋に戻ると、すでに花巻は部屋に戻ってきていた。さすが体育会系、あの量は余裕らしい。黙って花巻の横を通り机に置きっぱなしにしていた授業のノートを手に取る。明日の講習までにきっちり復習をしておきたい。ついでに時間があれば、さらっと明日の分の教科書に目を通しておくか…。

「…日比はなんか言ってたか?」

「花巻のことは特に。」

スマホをいじっていた花巻は、一生と目が合った瞬間目を逸らした。

(やっぱり、顔整ってるな…。)

これでは、女子もあんな騒ぐのも納得がいく。今までこんな近くで顔を合わせたことがなかったから、わからなかった。妙に感心してると、花巻がなんだよ。と嫌そうな声をあげた。

「別に。」

本音を言うと、引かれそうなのですぐに机に向き直る。花巻がみじろぎした音が聞こえた。体勢を変えたらしい。

「土倉は、あれ、昔に世界?人類終わるって騒がれてた噂知ってる?」

「ノストラダムスの大予言。」

「そう。」

スマホから手を離さずに、頷く。いきなり何を言い出すのか。一生も向き合うことができず、シャーペンを持ち、ノートに顔を向け続ける。

「違ったっぽいけど、いくつかの未来のうちの一つとしてあった。なんらかのことで変えられたと考えると、お前も俺も存在しなかったはずの存在なんだ。」

何を言いたいんだこいつ、と内心で呟いていると、底冷えするような声が続いた。

「だから、本当のとこ、はやくいえ。」

…そういうことか。ダラダラと背に嫌な汗が流れる心地がする。冷たい静けさの中、冷房の音がやけに耳についた。

「日比は、、」

食い入るような視線がさした。

「俺の夢を応援してくれた。…ごめん。それ以上は」

「なんで隠すんだよ。お前に隠す資格ないだろ。」

花巻の答えに息をつめていたことに気づいた。音を立てないように少しずつ息を吸う。花巻の声が震えていた。

「ごめん。もう、日比には近づかない。日比にも、もう関わらないよう言っておいてくれ。」

自分の声が遠くから聞こえるようだった。心の中ではそのつもりはないという叫び声が聞こえた。ただの言い訳だ。この場しのぎだ。それを押し込めた。

「必ず、だな。」

「ああ。」

鋭い視線に射ぬかれる。痛い。掠れる喉を咳払いして元に戻す。ノートに向き直るが、何も頭に入って来ない。何度も何度も同じところを目で撫で回して、諦めた。

「先寝る。」

ボソッと呟くと、片付け始める。歯磨きをしに洗面所に立つと、唇が白くなるほど硬く噛んでいた。口を開けると、じんじんする。寝巻きに着替え、布団に潜り込む。花巻に背を向ける。

(馬鹿…一人が好きだっつったのは誰だ。日比は要注意危険人物で、だから、こうなって万々歳じゃんか。)

ぎゅっと目を瞑る。焦りが募って、一向に眠れそうもなかった。

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