長野夏期講習コース① 

 長野夏期講習コース初日。自分の足音が響くのを聞きながら、階段を登る。何回も蹴られては戻ってくるバッグは本当に邪魔としか言いようがない。改札から続く駅の地下を抜けると、もわっとした空気が一生を取り囲んだ。あたりの眩しさに自然に顰められた顔を元に戻すことができない。シャツの下で、肌着が汗にびっしょりと濡れているのを感じる。

「はい、皆さん揃いましたね。」

塾の引率の教師が、全員が集合したのを確認するように顔を左右に動かす。大まかな説明を聞きながら、一生は心の隅で、早く宿舎に入れてくれ、と願っていた。説明は聞かなくても、しおりを見れば内容はわかるはずだ。それに、隣の部屋の物音や、同じ生活班の人の行動に合わせれば、間違いはないだろう。ようやく、教員の念押しが終わると、皆と共に宿舎へゾロゾロと向かった。

 

 一生と同じ部屋に泊まっているのは、花巻という。名前がわかったのは、日比のグループの一員だからだ。一生がわざわざ日比のグループのメンバーをチェックしたわけではない。日比のグループは、廊下の端からもう一方の端にいる人の名を大声で叫んで呼ぶなんてことはザラだから、名前を覚えてしまったのだ。

「今日からよろしく。」

「お、おう、よろしく、な。」

なんだ、あの花巻にしては随分とぎこちないな。床ギリギリに運んできたバッグを、自分のベットの近くの床に置く。リュックを背から下ろすと、中を覗き込み、筆箱を取り出した。


昼食を取った後は、それぞれの荷物整理のため、時間が与えられる。さっさと荷物整理が終わった一生は勉強をする気にもなれず、バックから取り出した参考書の表紙を眺めていた。絶え間なくどこかから何かの物音が聞こえる。どうやら扉が閉まる音らしいが、立て付けの悪い扉が風で揺れているのか。

(…ん?)

その音がどんどん近づいてくることに気づき、一生は音が聞こえてくる方に耳を澄ませる。花巻も、不思議に思うのか、ちらっと視線を向けた。ついに隣の部屋のドアが開けられ、また、閉められる。ドアの前から荷物をどけると同時に、ドアが勢いよく開け放たれる。その人物と目があった瞬間、咄嗟に目を逸らしていた。机に近づいて椅子に腰掛ける。きっと、花巻に用があるのだ。余計な期待はするな。再びしおりに視線を落とし、体を硬くする。次の集合時間は…。緊張を含んだ沈黙が数秒流れた後、

「花巻、ちょっと土倉かりてく。」

「…わかった。」

安堵とちょっとした優越感と罪悪感。動かないでいると、「土倉、お呼びがかかったぞ。」抑えられた花巻の声が背にかけられた。そのままの体制でいるのも、気まずい空気がどんどん重くなるだけだ。無理矢理体を動かすとしおりを片手に立ち上がった。


 

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